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会社での顔
「おはようございます」
フロア入り口から、凛とした声がした。いつもより出社が早い。
受付の子から話しかけられて談笑する様子を、僕はホットコーヒーを飲みながら、こっそり盗み見る。
筧美奈さんは今日も微笑みを浮かべていた。
肌がツヤツヤだ。笑う顔の口角が、いつもより上がっている。
昨日、彼と会ったんだろうな、と思う。
筧さんは春に支店から異動してきた。営業部の僕の机から斜め後方を向くと、広報部の筧さんが目に入る。年は確か、31歳。眼鏡とパンツスーツが似合うクール系美人。長い髪を一つ結びにしている。口元のほくろが特徴的。
料理は苦手らしく、よくコンビニや外食でお昼をすませている。仕事はできるけど、頼まれごとを断り切れず、たまに残業で埋め合わせしちゃうお人好し。
それから筧さんは、「会社での顔」がうまい。
たぶん、ただ仕事している分には「同じ職場の人」ですんだんだろうけど。
――あんなとこ、見ちゃったらな。
視線はついつい、彼女の艶やかな唇を捉える。
僕が彼女のことを意識し始めたのは、先月から。
会社の外で見かけたことがきっかけだった。
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