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あれから三か月。あっという間だった。仕事中なのにそんなことを思い出したのは、今月からの部署移動で私の向かいで仕事を黙々とこなす、この男のせいだ。
「南条さん、来週の〇×会社とのプレゼンで使う資料、確認して貰えますか?」
「……分かりました」
机越しに渡せるものを、ちゃんと立って渡しに来た男から資料を受け取ると、彼は軽く会釈して自分の席へと戻った。軽い会釈をするときに口元を引き締めるのは相変わらずか。同期しかも、元カノ相手に礼節なんて気にしなくていいのに。社歴は同じだけど、この部署では私の方が先輩だからと言って、この男はことあるごとに後輩ぶっている。いや、仕事への姿勢としては間違ってないんだけど。正直言って、元カレと同じ部署はやり辛い。だけどそんな居心地の悪さを感じているのは、私だけのようだ。彼の態度はいつもと同じ。そもそも、別れてからも会社での態度は全く変わらなかった。もともと周りに付き合っていることは言ってなかったし、会社ではお互い節度を持って接していたから、傍目から見れば別れたようには見えなかっただろう。そんな関係性を知らない同僚や上司は、私と彼が同期だからお互いやりやすいだろうという理由で、彼の指導係を私に任命した。正直断りたかったけど、彼が何も気にしてないようによろしくって笑うものだから、私は何も言えなかった。まぁ、ここは職場だ。彼の態度が正しい。そう思って、割り切って毎日出社してはいるものの、正直居づらい。仕事は嫌いではないから、職場で胃痛とか感じたことなかったけど、今月に入ってからは定期的に胃痛薬を飲む為体。デスクの引き出しにしまい、常備薬となってしまった。
このプレゼン資料確認したら、小休憩がてら飲んでおこう。そうして、彼が作った資料に目を通す。営業部エースだっただけあって、この企画開発部でもそのスキルは活かされ、今回の資料もほぼ問題ない。
「鷹西さん、ちょっといいですか?」
今度は私が彼、鷹西樹の席へと出向く。鷹西さんは手を止めて立ち上がると、私が手にした資料を覗き込んだ。ヒールを履いた私より10cmも背が高い彼の視線に合うように、資料を私の鼻下辺りの位置に持っていく。すると鷹西さんは、資料の片側を持って、そのまま私の胸元まで下げた。思わず見上げると、視線がバチっと合う。気まずいと思ったのは一瞬。鷹西さんは首を少しだけ傾けて、ちらりと資料を見る。どうやら、続けろと仰せのようだ。
(…………。)
最初に気を遣ったのはこっちなのに、気にしなくていいからとやんわりと返してくる。こういうところだよな、とか思うのは止めておこう。私は鷹西さんから視線を逸らして、気になった頁の資料を見せた。
「ここなんですけど、〇×社の場合、実例が複数あった方が話が通りやすいんです。これだけでも十分伝わるとは思うんですけど、確実に攻めるならもう二つは差し込んだ方が、固いと思います」
「分かりました。アドバイス、ありがとうございます。流石、南条さん」
「い、いえ。企画に来たばかりなのに、これくらいしか言うことがないなんて、鷹西さんこそ流石ですよ。それじゃ」
必要以上の会話はいらない。私はすっと資料を返して、その場を離れた。話すくらい何ともない、何ともない。そう思おうとすればするほど、胃が痛んだのだ。
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