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第十話
道中は、これでもかというくらいに荒れ果てていた。飢饉が起きた年とはいえ、荒廃するには早過ぎないかというレベルだ。
「飢饉って、起きたの今年よね?」
「はい、そうです」
「それにしては、ちょっと荒れ過ぎじゃない?」
「えっと、そうですね」
イルのぶつけた質問に、どこか言葉に詰まるアリア。その態度にイルは訝しむ。
「そうとなれば、ここら辺はそもそもの管理が悪い、ううん、放置されていた可能性があるわね。普通に考えても、街を結ぶ街道にしてはおかし過ぎる状況よ」
イルは冷静に分析している。どう見ても子どもなのに、年齢不相応の頭の良さだ。
しかし、このイルの言葉に答えられない状況のまま、突然馬車が揺れて止まった。
「姫様方、魔物の襲撃です!」
「なんですって?」
護衛の言葉に声を上げたのはカイネだ。
馬車から顔を出せば、犬のような姿の魔物が群れていた。しかし、よく見れば牙や爪は鋭く、毛並みも鋭く逆立っている。
「ウルフの群れです!」
アリアは叫んで震えている。反応を見るに、どうやら王女たちに戦闘能力は無いようだ。
この状況に、イルは仕方ないと立ち上がる。
「イル様、危険です!」
「そうです。騎士たちにお任せしましょう」
二人の王女が必死に止めるが、イルはまったく止まる気はない。
「大丈夫ですよ。二人とも私の事知ってるでしょう?」
ニヤリと笑顔を浮かべると、イルはそのまま馬車から飛び出していった。
イルはウルフたちの目の前に飛び出す。騎士たちが身構えて睨み合いになっていて、実に膠着状態だったのだが、イルの登場で均衡が崩れた。
ウルフの群れの視線が、一気にイルに向く。さすがに視線が全部向いた瞬間は驚いたが、魔族にとってウルフはペットのようなもの。すぐにウルフを睨み返した。それと同時に一気に魔力を脅しに使ったものだから、ウルフが一気に恐怖に怯んだ。
次の瞬間、地面から蔦が伸びてウルフたちを絡め取っていく。そして、あっという間にすべてのウルフの動きを封じてしまった。
ウルフは地の魔国でもよく見る一般的な魔物だ、しかし、ここまで気の立った個体を見る事はあり得なかった。
「危険です、イル様。離れて下さい」
アリアが止めるために叫んでいるが、イルはまったく気にしない。魔国ではウルフは人気のペットだ。怖くない。
ウルフを見たイルは、すぐに気が付いた。
「ウルフたちも飢えているわ。この辺りは餌になる小動物が少ないって事ね」
こう言いながら、イルは周りを見て納得した。荒れている上に枯れているのだ。土地がそもそも死にかかっている。これでは生物が住めないのは、一目瞭然だった。
「なるほど、荒廃で餌が無くなって凶暴化してると、無理もない話だわ」
腕を組んでうんうんと頷いたイルは、迷う事なく荒れた土地に魔法を使う。すると、街道の脇にあっという間に緑に溢れた森が出現した。
王女一行が驚いているのも無理もないが、蔦に絡め取られているウルフたちも、不思議な事にみるみるおとなしくなった。まったく何が起きたのか分からない。
全員が固まる中、イルは出現した森に歩いていった。しばらくすると何やら大きな果実を抱えて戻ってくると、ウルフたちの拘束を解いて果物を与えていた。するとウルフたちは、一心不乱に果物を食べている。その様子をイルは微笑ましく見ている。
「ウルフを、手懐けた?」
「魔物にも愛される……。これが聖女のお力か!」
外野が騒がしい。その様子を背中に、イルは寄り目のジト目になっていた。
ウルフは果物を食べ終わると、群れの中から二匹が前へと出てきた。護衛の兵士たちが身構えるが、ウルフたちは一斉に地面へと座り込んだ。よく見れば尻尾を振っている。
「なるほど、この二匹を私の使いに出すってわけね」
ウルフたちの様子に、イルはその意図を理解した。
この様子を見ていた兵士の一人が問い掛けてくる。
「聖女様、そのウルフを連れて行くおつもりですか?」
「ええ、彼らは忠義には厚いらしいので、きっと役に立ってくれるはずよ。連れていれば野盗除けくらいにはなるんじゃないかな」
イルはウルフたちを撫でながら答える。
イルがウルフたちを見ると、自分たちの意図が伝わったのを感じたのか、ウルフたちは満足げに森へと姿を消していった。
こうして、ウルフ二匹を仲間に加えたイルたちは、再びイースンを目指して出発するのだった。
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