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第三十話
翌日からイルの淑女教育は一応緩和された。午前は自由にしても構わないが、午後はきっちり教育を行うというスケジュールになった。
なぜ午前中が空けられたのかというと、それは畑が理由である。イルは独学ながらも農業の知識を持っている。それの有効活用のために空けられたのだ。遊ぶ暇などない。これはイースンの街が活気を取り戻すまでは続けられる重要項目である。
とはいえ、勉強でがんじがらめになる時間は減る事に変わりはないので、イルは少し気分転換ができると思われる。
……実際、そう思われるだけだった。それでも、午前中は畑の巡回で忙しいとはいえ、ある程度自分の自由が利いたので、畑を耕すのに土を爆発させるなどの明確な発散行為が見受けられた。ちゅどーんちゅどーんという豪快な音を立てて畑を掘り起こす様は、イースンの人たちを呆気に取らせた。
この様子を見ていたアリアとカイネは、イルが相当にストレスをため込んでいた事を悟った。やはり、イルにはそれなりに自由な時間と行動を取らせるべきだろう、そう改めて考えたのだった。
ちなみにこの様子は、遠目の魔法でディアナも見ていた。豪快かつ派手に畑を爆発させて耕すイルを見て、盛大にため息をついていた。
「どうしてあそこまでお転婆に育ってしまったのでしょうかね……」
イースンの改革に奔走するティタンの事を思うと、イルの奔放さにディアナの心配はますます膨らんでいるようだった。
そもそもはティタンが国政で忙しくしており、イルへの接触が疎かになっていたのが原因である。それによって、イルは自分で暇つぶしを見つけては実行するという風に育ったのである。
だが、イルが反発したのはティタンがあてがった教育係であるディアナに対してだけだった。それには理由もちゃんとある。マナーだのスケジュールだの、とにかく口うるさかったのだ。自分の事は自分でできるようになっていたイルにとって、それはただただ耳障りでしかなかったのだ。
耐え切れなくなったイルは、城を抜け出して城下町に出向くようになった。自ら考え行動するのはいい事だが、なにせ無断での外出は城の中が大騒ぎになった。
(イル様に必要なものは我慢強さ。そのためには多少心を鬼にしてはとは思いましたが、最初から厳しくし過ぎましたかね……)
精神的に参っていると聞いて、ディアナは少し後悔していた。だからこそ、少し緩めてはどうかというアリアとカイネの提案を受け入れたのだった。
(私が無理にきつく当たるよりは、あのハサル王国の双子の王女を利用した方が、イル様のためには良さそうですね。お互いに信用しているところがあるようですし)
畑を次々と豪快に耕していくイルの姿を確認しながら、ディアナはイルの教育方針を固めていくのだった。
「ふぅ、すっきりとした~」
豪快に二十か所は吹き飛ばしたイルは、とても満足げに額の汗を拭う。この時の表情は年相応の可愛さがあるというのに、あのとんでも行動の後なので単純に人々から恐怖の視線を向けられていた。アリアとカイネの二人も呆れて言葉を失うくらいなので相当である。
「これだけ派手に土を掘り返せば、いい感じの耕作地になるわよ」
こう言いながら、イルは掘り返した畑の一か所に魔法を施していく。
「そーれっ!」
イルが空中に放り投げたのは、適当な大きさに切った芋。それらは魔法で開けた地面の穴へと次々吸い込まれていく。そして、すぐに魔法で土をかぶせると、
「後はお任せしますよ、みなさん」
と満足したように畑を去っていった。
「あ、ああ……」
その場には、呆然とするイースンの街の人だけが残されていた。
何にしてもイルが元気になったようなので、アリアとカイネは少し安心したようだった。
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