第三十一話

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第三十一話

 というわけで、昼食を挟んで午後はディアナによる勉強会だ。イルの顔はあからさまに嫌そうな顔をしていた。午前中にあれだけ発散させておきながらこれである。どれだけ勉強が嫌なのだろうか、このお姫様は。 「まったく、姫様は分かりやすすぎますね」  ディアナから開口一番、ツッコミが飛んできた。眉間にしわを寄せてジト目になっているのだから、それは誰の目にも明らかというものであろう。  ただ、この表情をしているのが、仮にも一国の王女なのである。これはこれで問題だろう。  身内の間であればまだいいのだが、外交の場ではこういう露骨な表情は敬遠されるどころか敵認定されかねない。にこにこと笑いながら、知識と機転でやり返すのが賢いやり方と言えるのだ。もちろん、感情が出やすいというのは悪いというものでもないが、立場的には好ましくない性質なのである。  イルはどうにもそういう点が未熟のまま育ってしまったので、現在ディアナは手を焼いて、頭を悩ませているというわけなのだ。 「というわけで、アリア様、カイネ様。お願いがございます」  その日の夜、イルが出払っているタイミングを見計らって、ディアナは二人の王女に会っていた。 「何でしょうか、ディアナ様」 「イル様の事でご相談があります」  ディアナの申し出に、首を傾げるアリアとカイネ。一体どうしたというのだろうか。 「イル様の事で、ですか?」 「はい」  二人が確認するように尋ねると、ディアナは強く肯定してきた。 「正直、我々としてはイル様の行動には手を焼いているのです。今回も心を鬼にして勉強して頂こうとしたらこのありさまでして……。正直、もうお手上げなのでございます」  そう、あまりにイルの勉強に対するメンタルが雑魚過ぎて、加減が分からなくなってしまったのだ。午前中をフリーにして午後に勉強を詰めてみたら、あの露骨に嫌な表情なのだから、それはもうお手上げだろう。 「んー、でしたら、勉強の時間と自由な時間を逆にしてみてはどうでしょう」 「そうですね。イル様は意外と単純ですから、その方がいいかも知れませんね」  アリアとカイネは、ディアナの相談にこう返した。それにしても、他国の王女に単純とか言われているイルとは一体……。 「朝から逃げられるとかいう心配もあるでしょうが、イル様って意外と朝が弱いんです」 「私たちが小脇に抱えて捕まえておけば、多分大丈夫ですよ」  アリアとカイネに言われたい放題である。しかし、これは意外と当たっていたりする。だが、この言われようにディアナは正直、別な意味で頭を抱えた。 「や、やはり、イル様は早急に教育せねばなりませんな……。いくら友人とはいえ、他国の王族にこの言われようは、我が国の恥ですぞ」  両手を床につくくらいに、ディアナは衝撃を受けていた。 「はぁ、今まではいろいろと理由を付けて断ってきたが、魔国同士の交流会への出席はもう避けられぬ。開催も近いというのに、これでは我が国はいい笑いものになってしまう」  もはやディアナは床に突っ伏しそうな勢いだった。そのディアナに、アリアとカイネは歩み寄る。 「ディアナ様、心中お察し致します」 「私たちもイル様の友人として、できる限り協力させて頂きます」 「うう、すまない……」  はたして、イルはお姫様らしさを身に着ける事はできるのか。開催が迫ってきている魔国同士の交流会を無事に乗り切る事ができるのか。ディアナの胃は果たして無事なのか。  こうして、イルの魔国でのデビューの日は、刻一刻と近付いてきていた。
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