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第五話
見ず知らずの土地にいきなり飛ばされたというのに、イルはちょうどいい機会とばかりに、独自に勉強してきた事を実践してやろうと考えていた。しかも、呼ばれた場所は飢饉で苦しんでいる場所。地属性の自分には相性が良さそうであった。それ故に、その暗い雰囲気の中にあっても、イルだけは笑顔を見せていた。
イルは早速、建屋の中で活動を始める。
アリアとカイネの二人に使えそうな種がないが聞いてみると、持ってきたのは芋と小麦だった。イルはそれを受け取ると、早速下準備をして地面に植えた。
ここからは地の魔王の娘の本領発揮である。大地や植物に関する魔法なら、ほとんどが独学ながらもお手の物なのだ。
まずは痩せた地力を回復させる。これで栄養を豊富にするのだ。
また、植物の成長を促進させるのも、地属性魔法のひとつだ。回復させた地力を植物に吸収させる事で、その成長速度を速める。ズルと言えばズルなのだが、この国の惨状を見るに早い方がいいに決まっている。
魔族からすれば人間を助ける意味などない。
しかし、イルは人間の街に出て行こうと思っていた。だから、ここで人間に恩を売る事は、後々自分の利になると踏んだのだ。
まあ実際はそこまで考えておらず、助けた方がいいよねという、人間臭い思考の下に実行しているだけだった。
というわけで、数ヶ月から半年はかかる植物の成長が三時間で完了。もう収穫できる。さすが地の魔王の娘である。魔力が桁違いだった。
だが、イルは収穫したものをもう一度植え直す。同じ手順を繰り返して増やす。これを建物いっぱいに広がるまで繰り返した。
近くに様子を見に来ていた王女たちや侍従たちも、この状況に言葉を失った。とんでもない事が目の前で繰り広げられているのだから、それは仕方のない事だった。
「はい、これでしばらくは持つでしょう」
イルは振り返って、にこりと微笑んだ。
「あの……、勝手に召喚した事を、恨んではいないのですか?」
笑顔のイルに、カイネがおそるおそる尋ねる。
「そりゃ恨んではないと言うと嘘だし、怒ってるわよ。でも、困ってる人を見捨てるほどに冷酷ってわけじゃないわ」
イルは何それ当然という感じに、両手を腰に当てて呆れたように答える。いくらわがままで奔放な姫様といっても、民の事を考えていないわけではなかったのだ。民が苦しめば国が傾く。それは父親である地の魔王ティタンからもよく言われていた事だからだ。
「収穫した物を、一応安全かどうか確認して、大丈夫なら配って下さい。魔法で無理やり育てたのは初めてだから、私でもちょっと自信ないから」
イルはこの日最後の植え付けを行うと、アリアとカイネの二人の王女たちにそのように伝える。すると二人は、すぐさま召喚のリーダーの男を連れてきて鑑定させていた。
「なんと……、これほど極上な物は、見た事がありませんぞ」
リーダーのローブは、あまりの品質の芋と小麦を見て腰を抜かした。見た事のない極上品だったのだ。
というわけで、手始めに加工して小麦粉にした小麦と芋を、城と城下町に配った。久しぶりのまともな食べ物を見た民衆は、歓喜の声を上げていた。
まずは一歩、王城一帯の飢えは凌がれたのだ。
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