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第六話
夜は、王女の部屋に泊めてもらう事になったイル。急な事であったために、部屋の準備が間に合わなかったのだ。しかし、王女は二人なのに、部屋は一つ。そして、ベッドは一人一台。さて、どちらで寝たものか。
正直、イルは悩んだ。
イルも一応地の魔王の娘であるので、お姫様ではある。しかし、ここでイルの素性を知る者は居ない。だが、類稀な魔力で城の食事事情を解決したので、特別に王女の部屋に配されたのだ。
(いや、私も王女だからね)
イルはこう思いながらも、面倒な事になりそうだからと黙っている。
しかし、イルが黙っていようと決めたというのに、アリアとカイネの二人がイルに近付いてきてこう尋ねてきた。
「あの、イル様は一体何者なのでしょうか」
どストレートな聞き方である。
しかし、イルはこの時どういうわけか、素直に明かす気になった。
額を横断するように三つ編みにした髪を留めている装飾品に手を掛け、そして外す。はらりと垂れた髪によって隠されていた、額に生える小さな角が露わになった。
「……っ!! 角?!」
当然のように驚くアリアとカイネ。しかし、イルは落ち着いている。
「……私は地の魔王ティタンの娘、イルです」
イルは素直に自分の身分を話した。
「魔族……。だから、魔物の召喚の陣に……」
「そういう事だと思います」
カイネの言葉に、イルは頷く。そして、言葉を続ける。
「でも、運が良かったと思いますよ。私はちょうど人間の街に行きたかったですし、食料問題を抱えるこちらの国としては、地の魔法を得意にする私を呼び出せたわけですから」
イルはニヤリと笑う。その表情に、二人の王女は飲まれそうになる。この言い知れぬ雰囲気は、さすがに四大魔王の娘と言えよう。
「ですので、私は魔法で食糧事情を解決しましょう。そして、あなたたちは私に人間の世界を見せて下さい。……まあ、今回の事がお父様に知れたら、戦争は不可避でしょうけれど」
イルの強気の態度がみるみる影を潜め、やがて額に手を当ててため息をついた。父親のティタンの対処の事を思い出したようだった。
「参ったわ……。お父様ったら私に激甘だから、事情はどうあれ拐われたと知ったら、本気で国を潰しにかかるわ」
割と深刻な話のようである。
だが、困った事にハサル国と地の魔国の間に国交など存在しない。それ以前に人間と魔族が仲良くしているなんて事もない。つまり、連絡のしようがないのだ。一応、地の魔国は人間と貿易をしているが、それは国籍を持たぬ行商人ばかりであった。
……本気でイルは悩んだ。
悩んで一周、もうどうにでもなれと、イルは悩む事を放棄した。
「……とにかく、二人は私の正体は秘密にして下さい。バレたら何をされるか分かったものじゃないわ」
イルはそう言って、とにかく生き延びる事だけを考える事にした。人間と魔族の関係が悪いなら、魔族とバレた時に非常にやばい。なので、最低限として二人の王女にだけ正体を明かしたのだ。味方ゼロは割と洒落にならない話だからだ。
「分かりました」
「イル様の正体は、私たちだけの秘密に致します」
アリアとカイネは、とても物分かりが良くて助かった。
二人の了承が得られた事で、イルは当面の間、ハサル国の食糧事情を解決と、人間の世界を観察するために滞在する事に決めたのだった。
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