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第八話
イルがハサル国に召喚された翌日、地の魔国では……。
「おい、イルを見なかったか?」
地の魔王のティタンが慌てていた。
文字だけ見れば、ただ気になった程度にしか見えないが、実際は青ざめた表情で臣下に詰め寄っている。親馬鹿と称されたのはそのせいである。
そう、ティタンは娘超絶ラヴなのだ。娘が反抗期に入ってしまい、つっけんどんに対応されようが、可愛い娘の事なのでしょぼくれながらも満足している変態なのである。
しかし、今回は違った。
前日の夕方から姿が見えないのだ。街に時々抜け出しているのは知っているが、大体夕方には帰ってきていた。ところが、今回は翌日になっても戻って来ない。ティタンは気が気でならないのだ。
「ティ、ティタン様!」
「どうした」
ティタンに向かって、一人の女性が走ってくる。イル担当のメイドだった。
「イル様の部屋に、こんな書き置きがっ!」
顔面蒼白で、相当に焦っている事がよく分かる。
昨夜も戻って来なかったのに、なぜ朝になってこんなに慌てているのか。
昨夜はイルに、部屋に入らないようにきつく言われていたせいである。部屋に近付いても、お疲れの可能性があるので返事が無くても、特に怪しまなかったのだ。
しかし、朝となればそうはいかない。返事がいつまで経っても無いとなると、心配になって部屋を見に入ってしまったのだ。
そうしたらどういう事だろうか。
部屋はもぬけの殻であった。そして、机の上には目立つように書き置きが置いてあった。お転婆なイルからは想像できないくらい、とても綺麗な字で、
『人間たちの街に行ってきます』
とだけ書かれたものだった。
それを見たティタンは、部下を呼んで昨日のイルの足取りを調べさせた。地の魔王として国の仕事があるので、心配ながらにも自分が動けなかったのだ。
すべては先日の商人からの要望のせいだった。地の魔国は秘密裏に人間と交易をしているので、ある程度、人間の商人たちを優遇している。ごく一部の商人がとうとう図に乗ってきたのである。厚かましいにも程がある。なので、ティタンはどうやってお帰り願うのか、その対策に時間を割く事になってしまったのである。
イルの失踪は、そんな最中に起きた。そのせいもあって、ティタンは商人たちが拐った可能性も考えた。
ティタンは身が入らない状態ではあったが、できる限り仕事を早く終わらせて、自分も捜索に出ようと一層の頑張りを見せるのであった。
ティタンが仕事を終わらせた頃、ちょうど捜査に出ていた部下が戻ってきた。
「陛下、大変でございます!」
「どうした」
部下が大声で叫ぶものだから、つい怖い顔で聞いてしまうティタン。すると部下は、「ひっ」と言って身構えていた。
「……身構えるな。報告しろ」
「はっ」
ティタンが仏頂面になって命じると、部下は捜査の報告を始めた。
それを聞いていたティタンは、どんどん情緒不安定になっていく。娘の事が心配なのだから仕方がない。
「イル様の痕跡ですが、城下町のとある地点で、忽然と消えております。まるでかき消したかのように、魔力が追跡できませんでした」
「何だと?!」
部下の報告に、声を荒げるティタン。部下は思わず身を引いた。
「魔力の痕跡が突然消えるとか、どこかの馬鹿に召喚されたという事か……。誘拐よりタチが悪いぞ」
ティタンは両肘をつき、部下に言い放つ。
「おそらく召喚だ。その場の魔力を解析して、召喚した馬鹿を突き止めろ。分かったらすぐに報告に来い、いいなっ!」
「はっ、畏まりました!」
部下は勢いと圧力に負けて返事をすると、すぐに部屋を出ていった。
一人部屋に残されたティタンの表情も心情も、まったく穏やかではない。
「……どこの誰かは知らんが、我が可愛い娘を虐げていようものなら、どんな目に遭うか覚悟をしておけ」
静かな部屋に、殺気だった言葉が響き渡った。
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