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第九話
地の魔国が大騒ぎになっているとはつゆ知らず、イルは鼻歌を歌いながら小麦と芋を増やす作業をしていた。魔法による反則技を使っているとはいえ、単調作業になってきたので飽き始めていたのだ。
魔法で地力を回復させてるとはいえ、さすがに一ヶ所で延々と育てるのもよろしくない。だが、寒冷と干ばつのダブルパンチでは、イルの作った建物以外での栽培は困難を極める状態だった。
はてさて、どうしたものか。
イルは考えた。そして、王都辺りでの食糧はどうにかなるくらいは作ったのだから、人間の世界の勉強を兼ねて、離れた場所へ赴いてしまおう、そう考えたのだ。
イルは王女たちを通して国王に伝えたが、
「ダメだ。聖女様を危険な場所に行かせるわけにはいかぬ」
そう言って却下された。
この国王、国民を助ける気はあるのか?
国王の言い分に、イルはカチンときた。
「自国の民が苦しんでいるのに、あなたは見捨てるつもりですか。ここは私が用意した食べ物でひと月は持ちます。それに、自分の身くらい自分で守れます。止めたって行きますから、私は」
すごい剣幕で国王に言い迫る。
「そうです、お父様。国民のために、私たちもイル様について行きます」
アリアとカイネの二人までそんな事を言い出した。
娘にまで嫌われそうに感じた国王は、渋々許可を出した。
「そうそう。あの畑は、ちゃんと手入れすればひと月で次の収穫ができますので。そういう魔法を掛けておきましたから、ちゃんと管理して下さいね」
イルはそうとだけ言うと、王女たちと一緒に移動のための荷造りを始めた。
それにしても、イルも忖度なしにズバズバ言うものだ。実は父親のティタンにも、ぐちぐちと説教を垂れた事もある。幼少時から本の虫とまで言われるくらいには勉強熱心で、かなりの知識を身に付けていた。ただ、自分で勉強するのが好きなので、家庭教師の授業は全部サボっていた。
支度ができ、早速イルたちは出発する。目的地はハサル王国の第二の都市イースンだ。ここを守る事ができれば、この国の半数以上が助かるらしいので、イルたちの出向く先として決定したのだ。
イースンまでの移動は馬車である。飢饉だと言ってる割には、馬の健康状態は良い。足は大事だという事だろうか。
馬車に乗り込む前に、イルは馬たちに挨拶をする。初めて見る馬なので、とりあえずといったところだ。馬はおとなしくイルに撫でられており、周りは驚いていた。
「聖女様は動物にも好かれるのか……」
聖女という単語に違和感はあるが、イルとしては動物に好かれる事は悪くないと思っている。地の魔国の者は、動物はおろか、魔物にも好かれる傾向が強いらしいのだ。
さて、あまり撫でていても仕方のないので、従者が咳払いをしたところで、イースンに向けて出発する事になった。
イースンまでの道のりは、馬車でおおよそ十日ほど。イルは人間の国に来てから、やっとこさ初めて城の外に出る。城の中ではひたすら芋と小麦を育てていたので、それをしなくてよい日々は初めてとなるので、この道中は密かに楽しみにしている。
が、旅は実に退屈である。娯楽はない。王女二人とも会話が弾まない。二人からいろいろ聞き出そうと考えていたのに、アリアもカイネもあまり知識は多くなかったのだ。自分の国の事なのに、あまりに知らな過ぎる。イルも他人の事は言えないが、二人よりは自国の事は知っていた。
イルは大きなため息をつくが、同時に人間の国を見て回れる事を楽しみにしていた。その期待は見事裏切られる事を知らずに。
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