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「何の話?」
俯いてなかなか話さない翔に彩華が尋ねる。
「俺の子供じゃなかったんだ」
翔がボソッと言った。
「え、どういうこと?」
「正直言うと、あの日のことはあんまり覚えてなかったんだ。かなり酔ってて記憶が途切れ途切れで。ホテルに行ったことは覚えてたんだけど……」
「でも、その……彼女と関係を持ったんでしょ?」
自分で聞いておきながら、耳を塞ぎたくなった。
「それが……わからなかったんだ」
「え? わからなかったって、どういうこと?」
「翌月に彼女から電話があって、子供が出来たって言われたんだ。あの時の子だって言うから、頭の中が真っ白になって……」
翔が溜め息を零した。
知りもしないその状況が頭に浮かんで、彩華は胸が苦しくなった。
「彼女、俺が客との付き合いで行ったクラブの子だったんだけど、酒が全く飲めない子でさぁ。でも、金が必要でそこで働いてるって言ってたんだ」
彩華は頷きながら黙って聞いていた。
「後から考えれば、そりゃ飲めないはずなんだ。彼女、その時既に妊娠してたんだ」
「――えぇっ!?」
声を上げた後、彩華は二の句が継げなかった。
「その時彼女、別れた彼氏が作った借金の返済があるからとか言ってて、その話を俺真剣に聞いててさぁ。どんどん酒勧められて、気付いたらベロベロで」
「それで、ホテル行ったんだ」
「いや、違うんだ。俺、こんな状態で家帰れないから、近くのビジネスホテルで休んでから帰るって言って店を出たんだ。そしたら何故か彼女がついてきて……。心配してくれてんのかと思って、ホテルに着いてから『大丈夫だから』って伝えて彼女には帰るように言ったんだ。それで俺そのまま寝ちゃったんだよ。でも、目が覚めたらまだ彼女がいて。それっぽいこと言われて……」
「そんなの……」
「おかしいけど……絶対に何もないと思ってたけど……、覚えてないだけに知らないとは言えなかったんだ」
翔が嘘を言っているとは思えなかった。
「翔ちゃん、騙されたの?」
言ってから、この言葉は恐らくプライドの高い翔が一番言われたくない言葉だろうと思った。
翔は何ともいえない表情で頷きながら「そうだ」と言った。
「それ、いつわかったの?」
「彩華と別れて少し経った頃だよ。ずっと不審に思ってはいたんだ」
「どうして?」
「俺、彩華との不妊治療中に色々勉強したからさぁ……どう考えても二ヶ月くらい早く産まれたんだ。でも、早産とも言われてなくて、子供が小さく生まれた訳でもなくて。それがずっと引っ掛かっててどうしても納得いかなくて、聞いたんだ」
「……うん」
彩華は息を呑んだ。
「そしたら彼女、別れた彼氏の子供だって言ったんだ。俺、子供が出来たって言われた時以上の衝撃受けて、言葉を失ったよ。その時初めて騙されたって気付いたんだ」
「そんな……」
「結局、彼女は子供の父親と復縁したんだ」
彩華は言葉を失った。
自分達は、それが原因で十年間の結婚生活にピリオドを打ったというのに。半年経っても未だ吹っ切ることが出来ない翔への想いを抱えて、こんなにも苦しんでいたというのに。
様々な気持ちが溢れ出し、知らぬ間に彩華の頬を涙が伝っていた。
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