愛のかたち

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『飯食いに行こう』  夫の(しょう)から電話があったのは、午後六時を回ってからだった。  夕食のチキンカツは、もう下ごしらえが終わっていて、翔の帰りを待って揚げるだけだった。サラダは盛り付けてあるし、味噌汁は温め直すだけで食べれるように準備していた。  温かい御飯を食べさせてあげたいと思って帰りを待っている彩華(あやか)の気持ちなど、翔はお構いなしだ。  もうちょっと早く言ってくれたら良かったのに、と愚痴をこぼした時期はとっくに過ぎ去った。こんなことは日常茶飯事で、逆にそれに備えて、夕食は大量に作らないと決めている。そうすれば、その分は翌日の翔の弁当と自分の昼食に回せば済むだけで、腹も立たないからだ。  カツサンドにして明日仕事に持たせてあげよう、と彩華は頭を切り替えて支度を始めた。  今日もいつものところだろう。  いつものところ、というのは、翔の幼馴染みの伊藤(いとう)健太(けんた)が営んでいる『居酒屋いとう()』のことだ。最近はもっぱら『いとう家』なのだ。幼馴染みの健太だから受け入れてくれる。というのも、ここ数ヶ月で、翔が出入り禁止になった飲み屋がいくつもあるらしい。それは翔本人から聞いた訳ではなく、健太がこっそり教えてくれたことだった。  理由は、翔の酒癖の悪さだという。飲み過ぎて客に絡むことが頻繁にあったらしいが、そんな姿を彩華が目にしたことは今まで一度もなく、健太から聞いた時は、にわかには信じがたかった。  以前はきれいに酒を飲むタイプだった翔だが、仕事が忙しくなり始めた頃から急に酒量が増え、酒癖の悪さが目立つようになってきたようだ。ストレスが原因なのだろうか。  心配した彩華は、さりげなく「家飲みすればゆっくり出来るのに」と言ったこともあった。自分には取り柄がない、と思っていた彩華だったが、料理の腕には自信があったのだ。しかし、酒を飲まない彩華相手だとつまらないのか、翔が家で飲むことは殆どなかった。  そして翔の帰りが遅くなる度に、また何処かの店で客に絡んではいないだろうかと、彩華は冷や冷やするのだった。
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