カッターナイフ

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 深く、底の見えない暗い水面。高く迫り上がる水しぶきに、歪んだ波が白く泡立つ。  亜紀は水中に飲みこまれた。大量の矢に突き刺され続けるような、水の鋭い冷たさが、全身を狂うほど痛めつける。水面に弱く輝く日の光が遠い。空しく水中を掻く、頼りない両腕。  亜紀はゆっくりと、水の底に沈んでいく。    今年の冬は記録的な気温の低さで、関東の都心だというのに雪が何度も積もった。  日常が、純白に塗り潰される。体の芯まで凍りつく冬の寒さは、どこか絶望に似ている。  学校から少し離れた場所にある、古びた鉄橋。県境の川に架かる高い橋だが、幹線道路から外れているため、車通りは多くない。  歩道を覆う雪に、複数の足跡がくっきりと残っている。空は一面厚い雲に覆われて、薄ぼんやりと明るい。    帰り道。亜紀とくるみは鉄橋の手すりから二十メートルは下にある川面を、無言のまま見下ろしていた。黒々とした川の水が、ゆらゆらと泥のように揺れる。  東の岸辺付近は氷結して、薄氷まで張っていた。水の凍る温度は零度。川の水温はそれ以下だろう。  自殺する、ふりをしよう。  そう言ったのは亜紀だ。  吐く息が白くけぶる。よく考えもせずに、口から勝手にこぼれ出た言葉だった。      
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