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青い河。
きらめく陽光。
夏草のあいだをたゆたう蝶々。
かたわらには、ハンサムで優しい恋人がいる。
それが少女の世界だった。
──彼女にはなにも見えていないのだけど。
盲目なのだ。
生まれたときからではないが、もの心つくころには、世界はおぼろげになっていて、やがて完全な闇になった。
病気は、あらゆる汚ないものを、メグのかわいい瞳に映らぬよう、闇のむこうに遠ざけた。
暗闇は清潔だ。メグが実際にいる場所と違って。
彼女をはじめて見つけたのは、廃棄場のまわりに広がるスラムの路地裏だ。
弁当売りのドンは、その日、いつものように商品を並べた平たい木箱を紐で首から下げ、少し遠くまで足をのばしていた。
両親の切り盛りする食堂が忙しくなる昼食どきと夕食どきだけ店を手伝い、客の少ないほかの時間は、自慢の惣菜の詰めあわせを道端で売り歩くのが日課だった。
しかし、うだるような暑さのなかで、最後の三つの弁当がさばききれずに、うんざりしはじめていた。
さっさと仕事を終わらせたら、店に戻る前にちょっと抜け出して、スロットにでも行こうと思った。賭ける金があまりないから、勝つのも負けるのもほんの少しだけだ。それでも、勝てばうれしいし、負けてもいつも惜しいところまでいったような気がして、にぎやかな台を興奮しながら眺めている非日常なひと時が、この青年の最近の楽しみなのだ。
でも、これじゃそんな時間はないかもしれない。
肩にくいこんだ立ち売り箱の紐を外して、路地裏に座って水を飲んでいると、通りがかりの娘から唐突に声をかけられた。
「ボランティアの人? なにか食べ物配ってるの?」
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