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ドンは驚いて振りむき、戸惑ってしまった。
彼女は目を閉じたまま、こちらをむいていた。
目が見えていないのだ。
廃棄場の近くは貧乏人が多いから、それを目当てにやってくるボランティアも多い。
だが、この弁当はもちろん売り物で、配っているわけではない。違う、と言いかけたところで、ドンはためらってしまった。
彼女はまぶたの下から見えない期待のまなざしを送り、夢を見ているようなぼんやりした表情で、ただ待っていた。
髪は黒いムートンのようにやわらかくうねりながら肩を覆い、日焼けした頬にうっすら赤みがさしていた。
華奢な手のひらは灰色っぽく汚れている。後でわかったのだが、路地の壁を手で触りながら歩くせいで汚れているのだ。
わざわざ金をとって売る気にもならず、「そうだよ」と、言ってしまった。
そして弁当を三つとも渡すと、彼女はほほ笑んで礼を言い、去っていった。
ほんの出来心だった。
でも次の日から、ドンは弁当を売り歩くたびに、その界隈まで足をのばし、なんとなく彼女の姿を目で探してしまった。
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