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ひと月たった頃には、地元では有名な国立大学の学生で、新市街の閑静な場所に暮らすエリート、ということになっていた。
相手がそういう人間だと思い込むことは、二人をいい気分にさせることはあっても、結局は毒にも薬にもならないだろう、と甘く考えていた。
というのも、ドンは裕福ではないがスラムの真っただ中に住んでいるわけではない。これだけちょっかいを出していても、彼女と自分の人生が深く交わることはない、という気持ちがその時はまだあったからだ。
彼女の手を引いて散歩に連れ出したときも、ドンは全然冴えないし盛りあがらないドブ川のほとりに立ち、さも心躍る散策をしているかのように振る舞った。
まわりが見えないと、ちょっとした外出もひと苦労で、景色を楽しむということもないので、メグは普段よほどのことがなければ一人で家の近所を離れることはない。
なので、メグは気軽に散歩できることを喜んだ。ドンはそんな彼女の気持ちに水をささないよう、バラックの集落を抜け、川沿いの土手に登った。
遠くに廃棄場が見え、ゴミ山の所々が燻って細い煙がたなびいていた。広い河川は茶色く濁っていて、橋の下にまでバラックがある。
メグはこうした景色を実際には見たことがない。
彼女はとても幼い頃に、電気も通ってない田舎の農村から、都会に仕事を探しにきた両親にくっついてやってきた。
そして街にあふれるいろいろな物に磁石のように惹きつけられてやってきた人々の例に漏れず、夢見ていたよりも苦労した。しかし、ここに行き着いたのは、見えなくなった後だった。
だから、彼女は自分のいる場所を、はっきり目に焼きつけたことは一度もない。
暗幕が世界の姿を隠してしまう前に、彼女の目が最後に映したのは、空の色をした水田や、高床の家の裏手にひょろりと並んだヤシ林だ。
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