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ロンドン橋落ちた
ロンドン橋落ちる 落ちる 落ちる
ロンドン橋落ちる 美しいお嬢さん
みなさんこんばんは。こうして、「独白」としてお話するのは初めてですね。クレイヴン家の主、アーチボルト・クレイヴンでございます。
まずは、一人称が突然変わって混乱されたであろう事をお詫び申し上げます。而して、これは私にとっても避けようのない突然の事態だったのですよ。何せ、私は今現在眠っております。夢の中で、突然「主観」と言う名のバトンを渡されたのでありますから…。
夢の内容を言いましょう。私はいま所用にてロンドンのホテルに泊まっていたのですが、視野がいきなり飛翔しました。向かう先は、私の屋敷があるヨークシャーのムーアのようです。再三に渡って形容されていたと思いますが、荒涼として何もない土地ですよ。
荒野に、髪の長い一人の女性が立っていました。遠くからでも、あの美しさはよく分かる。あれは、亡くなった私の妻…?
そしてさらに視野は飛んで、今度は別の場所を映し出しました。やはり荒野のようだが、一人の少年とえらくガタイのいい青年が何やら珍妙な祈りを捧げている。
「偉大なる、猿神ハヌマーンよ。破壊と殺戮の神、シヴァよ。その妻にして闘神、カーリーよ。願わくば我が望み、聞き届けたまえ。オーム・ブール ブワッ スヴァハ・タット サヴィトル ヴァレーンニャム…」
「何だか、物騒な神にばかり祈っていませんか?」
そこで、目が覚めた。何だったんだ、今の夢は(いやマジで)。後半部分は、よく分からなかったが…。こうしてはいられない。ムーアに…ムーアに、帰らなくては!そのような使命感だけが、私の胸に残っていた。
ロンドンから馬車を飛ばして、ムーアへと…我が屋敷へと辿り着いた。迎えに上がったミセス・メドロックの口からは、子供たちが(たち?)庭にいるとの報告を受ける。まさか、あの庭の扉が開いたとでも言うのか?あの庭園の鍵は、他ならぬ私自身が闇に葬り去ってしまったと言うのに…。
はやる思いで庭にかけつけると、そこには笑い声が満ち満ちていた。庭園はすっかり整えられ、昔のように花が咲き乱れている。そこで一人の少年と青年がキャッキャウフフと駆け回り、少女はなぜか鼻血を流しながら見守っている。
少年が私に気づき、うやうやしく声をかけてきた。
「お初ではないですが、お初にお目にかかります。コリン・クレイヴンでございます。お父様、あなたの息子です…」
そうかそうか。お前は義妹の忘れ形見でなく、他ならぬ私自身の子供であった訳だな…。何となく、心の底ではすでに理解していたよ。
「大丈夫なのか、そんなに駆け回って…。び、病気は。背中の瘤は…」
「瘤は、ありません。神とあなたから頂いた、すこぶる元気な身体です。だけどねお父様、瘤そのものが問題ではないのですよ。人は、誰しも身体や心に傷を抱えています。その傷の形や大きさは、人それぞれです。その傷を嘲笑う者こそが、真に心の狭い人間でないかと僕は思うのですよ」
「コリン…私の息子。本当に、立派になった。立派な事を、言うようになった…」
「僕だけの力では、ありません。そこに、いるディコンが、マーサが。ミセス・メドロックが、屋敷の使用人たちが。そして、他ならぬお父様が…。みんなみんないて下さったから、今の僕がこうして立っているのですよ。ねぇお父様、一つお願いがあります」
「言ってみなさい」
「僕は、肉体の傷を癒やすお医者にはなれないかも知れません。だけど、深く傷ついた心もいつかは癒える日が来ると知りました。僕は…人々の心が再生するため、その手助けをしたい」
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