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お母さんがわたしを殺した
お母さんがわたしを殺して
お父さんがわたしを食べたの
兄弟たちはテーブルの下にいて
わたしの骨を拾って床下に埋めたの
みなさんこんにちは。コリン改め、メアリー・レノックス…?いや、コリン・クレイヴンだったのかな。自分でも、自分の事がよく分からなくなってきた。
あの後、家政婦長のミセス・メドロックを問い詰めたよ。僕は、かつてこの屋敷にて生を受けた。正真正銘、アーチボルト・クレイヴンの実子である。物心つく前に母が亡くなり、彼女の妹の元に預けられた。そうして、メアリーとは姉弟の関係となった。いや、昨日まで姉弟の関係だと思っていた。
母は庭園のブランコから転落し、数日間生死の境をさ迷う。その間、気力を振り絞って書いたのが例の手紙であるらしい。母の死後、父は僕を見る事が出来なくなった…。
日に日に母親に似ていく僕の顔を見るのが怖くなった、と言うのが表向きの理由。本当の所は真逆で、自分自身に似ていくのが怖かったんじゃないかな。もし、同じように病弱であったなら。背中の病気が、発症したなら。もう、自分より先に死んでいく身内を見るのが嫌だったからなのか。気持ちは、とてもよく分かる。分かるんだけど…。
あまりにも、臆病で無責任ではないかな。世が世なら、僕はこの広大な屋敷を相続する後継ぎであった訳だ。別に、この世の果てみたいなこの屋敷に未練がある訳ではないけれど…。
父と母から放置された、と僕やメアリーは思っていた。でも本当は、もっともっと以前に生まれた時から捨てられていた訳なんだな。なんだか、無性にインドに帰りたくなってきた。トラが木の下で寝転がって、象は川辺で水遊びをする。息をすれば、暑苦しい空気には味がついていて…。だけれど、もう僕が帰る場所はあの国でない。荒涼とした、この屋敷であるのだな…。
馬鹿馬鹿しい。とは思いつつ、一応「メアリー」の格好をして表に出た。メアリー試験には合格した訳だし、伯父上…じゃなくて父が次に帰るのはいつになるか知れない。正直、こんな動きづらい服装に身を包んでいる必要はないのだけれど。…何だか、ディコンの前で本当の自分をさらけ出すのが怖い。
会いたいな。そして、途切れ途切れて構わないから優しい言葉をかけてほしい。そう思って庭園に出ると、果たして彼はいた。いつも、だいたい同じような場所を巡って仕事しているのだから当然だけどね。
「ご…ごきげぁっ」
何か知らんが、僕の方が噛んでしまった。にっこりと笑って、彼が答える。
「ご・ご機嫌よう…。と言っても、き・今日はご機嫌うるわしくないようで」
「…そう、見えるかしら?そうなのかもね。誰も、私の事を好きではないから」
おれだけは、あなたの事を好きですよ。とか何とか、いつもの歯が浮くような台詞を吐いてほしかった。
「そ・そうですか?それなら、じ・自分ではどうなんです」
「そんな事、考えた事もなかったわ」
続けて、彼が言った。
「お・お袋に言われたんでさ。おれが不機嫌で人の善し悪しを言っていたら、『この、意地悪息子が!んなとこに突っ立って、あの人ァ好きじゃない。この人ァ好きじゃないとか。自分のことァどんくらい好きなの?』って」
「…」
いい話だ。いつもなら、素敵なお母様ねとか何とか返していたのだろう。だけれど、今このタイミングでこの人からは言われたくなかった。
「…そう。素敵なお母様ね。私にはお母様がもういないって、分かって言っているのね…」
我ながら、今更女の子口調で答えるのも滑稽だとは思ったが。それだけ言い捨てて、彼が静止するのも構わず立ち去った。ちょっとだけ期待したが、追いかけては来ない。当然だろう。彼にも、毎日の仕事があるのだから…。
門をくぐり抜けて敷地の外に出て、数歩踏み出した所でアホらしくなった。言ったように、屋敷の外はどこまでも広がるムーアだ。歩いて、どこに行ける訳でもなし。それに重ねて、僕の帰る場所はもうあの灼熱の国ではないんだ…。
帰ろう、あのだだっ広い屋敷へ。そして、今まで通りにおままごとの生活を続けよう…。と思って振り返った僕の周りに、痩せっぽちでハイエナのような野犬が何頭も群れをなして取り囲んでいた。もし人間であるなら、ぐへへとでも言って笑っていた所であろう。
…あ、これヤバくね?ってか、ヨークシャーのムーアに野犬っているの?それこそ、ヨークシャー・テリアみたいなのがキャンキャン吠え回ってるだけだと思ってたわ。だけど、実際に今こうしてここにいるのだから仕方ない。
「キャッ…!」
こんな時の叫び声まで女の子のそれになるとは、まこと滑稽極まる事だ。数カ月に及ぶメアリー修行で、身も心も淑女に染まってしまったものかな。
…痛みは、やって来ない。恐る恐る閉じた目を開けると、果たして彼の姿がそこにあった。
「に・に・逃げて下せぇ。こ、ここは危険…」
野犬たちの攻撃を一身に引き受けて、僕を逃がそうとしている。やだ、本当にイケメン…!って、ときめいてる場合じゃねぇよ!
逡巡すること刹那。僕は素早く身を引き返し、屋敷に向かって大声で助けを呼んでいた。
「だ・だ…誰か、助けたまえぇぇぇぇぇっ!」
水瀬○のりと言うには、些か野太い叫び声であったかな。でももう、それを気にしている場合でも状況でもない。庭園には他にも仕事をしている連中がいるから、うち二人か三人くらいには聞こえた事であろう。
そして、狙いはそれだけでなかった。あった。地面を見渡して、ちょうどいい長さの木の枝を拾う。言い忘れていたが、僕はフェンシングでは敵なしと言う腕前なのだよ。柄の部分がないのが、どうにも慣れないが…。贅沢は、言っていられまい。
「せぃっ!」
裂帛の気合いを込め、ディコンの身体に噛み付いていた野犬どもの急所に突きをくれてやる。すかさず彼が振り払って、今度は強烈な拳打を与えた。
形勢逆転と思われたが…。ヤバいな。手負いの獣は何より恐ろしいって、乳母のアーヤも言っていたっけ。野犬はなおも僕らを取り囲み、次に襲いかかるチャンスを虎視眈々と狙っている。
ここまでか?と諦めかけたが、屋敷の方面から何人もの応援が来た。野犬どもは少しだけ迷ったようだが、やがて諦めてムーアへと引き返して行った…。
た、助かった…。力が抜けて地面に膝をついたが、ディコンの方は文字通り倒れ込んだ。いけない。噛まれた傷が、見た目よりも深かったんだ。それに、数えられないくらい何箇所も…!
「で…ディコン、しっかりして。奴らは、もういないから!」
彼の頭を膝枕して、声をかけ続ける。涙が止まらなかった。もし彼の目が覚めなかったら、僕は僕は…!
「つ…ヅ・ヅ・ヅ」
彼が目を開け、何かを言いたそうにした。消え入りそうな声で、いつも以上に何を言っているか分からない。
「な…何ですって?ヅ?」
「ヅ、ヅラが…(外れてまさァ)。そ・それと、パンツ見えてますよ…」
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