12人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
母がか細い声で訊くと、男はぎらりと目を光らせた。
「もちろんです、奥さん。ああ、私の話などよりも皆さまの体験談がよいですね」
黒光りした鞄から手際よくA4の冊子を取りだすと、読みあげはじめた。パチンコ通いの夫が改心してくれた。姑とのひどい関係が改善した。子どもの病気が治った。
そのとき父は一週間家に帰ってきていなかったし、弟の有樹は今年度が始まって以降、部屋から出てこなくなった。
初夏だというのに、流れる汗がとまらない。あの男はあきらかに変だ。なのにお母さん、なんで話を聞いているんだろ。はやく断ったらいいのに。
美月は祈るように目を閉じる。
そもそもわが家にそんなものを買う余裕などない。
「おいくらなんですか」
母の声がした。
最初のコメントを投稿しよう!