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どうして僕が。その気持ちは、記者会見が終わってからもずっと継続した。
宇宙に行くことが嫌なのではない。むしろスカウトが来た時はドキドキわくわくしたほどである。長距離を移動できる頑強な宇宙船で、遥かな新天地を求めて宇宙を旅する。そして、時には危険な宇宙生物との戦いを任せられるかもしれない。あなたは地球を救うヒーローに選ばれたのですよ、なんて言われて有頂天にならない人間がいるだろうか。
そもそも僕が自衛隊に入ったのだって、この国の人を守り、助けられる人間になりたかったからだ。僕の大切な両親、祖父母、兄、弟は――かつてこの国で起きた大災害によって亡くなった。火山でもなんでもない土地から突然マグマが噴出し、町がいくつも飲みこまれたのである。マグマの濁流にのまれたら人間なんてひとたまりもない。当時まだ小学生だった僕を死ぬ気で助けてくれた兄は、ガスによる中毒で結局病院で亡くなることになったのだった。
確かに誰にも予想できない災害だった。それでももし僕に力があれば、家族に守られることなく、僕が家族を守れたかもしれない。そして、町の人の命だってもっとたくさん救えたかもしれない。
僕が、もっと強ければ。
それが自衛隊の門を叩いた、最大の理由であったのである。
――ヒーローになれる。そう思ってた。……そうだこのプロジェクトで地球人が移住できる土地を見つけられたら。もしくは、環境が汚染された世界に光明を齎す発見ができれば。エネルギーが、資源が見つかれば……まさに世界を救う救世主になれるって。
何より、宇宙だ。今まで想像もしなかった、それこそアニメや漫画でしか見たことがない未知の世界を冒険できるのである。少年漫画が元々好きで、ヒーローになりたくて自衛官になった僕のような人間が。わくわくしないはずがなかったのだった。
そう、嬉しかったのだ、最初は。
それなのに、今は。
「おい、波川?」
「へっ……あ……」
いよいよ宇宙船に乗り込むというその日。僕は谷田に肩を叩かれて我に返った。宇宙船の周囲には、見送りの人達が何人も集まっている。昔のロケットとは違い、最高技術の粋を集めた今の宇宙船は大きな炎が出たり爆発する危険はない。それこそ飛行機と同じ程度の大きさのエンジンで充分に事足りる。少し離れた距離から人々が見守ることも全然可能なのだった。
「何ぼんやりしてるんだよ。ほら、小さな子供とかも見に来てくれてるぞ。笑顔で手を振ってやらないと可哀想だろう?」
「う、うん」
谷田の言う通りだ。最前列には、お母さんに抱えられた小さな女の子の姿がある。僕と眼があったことに気づいたのか、ツインテールを揺らしながらきゃらきゃらと笑って紅葉のような手を振ってくれた。
僕は言葉にできぬ感情に押し潰されそうになりながら、死ぬ気で笑顔を作って手を振り返す。そして、泣きそうになった顔を誤魔化すように背を向けて、タラップを登り始めた。そんな僕を、谷田が無言で見つめていた。
「それでは、発射までのカウントダウンです!」
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