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山田がトイレに駆け込んで数分、智子は落ち着かないままカルパッチョを頬張っていた。なかなか帰ってこない。横の座席に掛けられたままのリュックサックを、溜め息まじりに見つめた。
「……ともちんさん。めちゃくちゃ好かれてません?本当に今日会うの二回目なんですか?」
「──だと思うけど」
「ええー。だってアレはかなり重症ですよ。それに、よく見たら以外にスタイル良いですし。絶対磨けば光るタイプですって。付き合っちゃったらどうです?」
面白そうにカナッペさんが言う。
「いやいやいや、ちょっと無いかな。第一、歳が離れてるし」
「愛があれば年齢なんて!」
カナッペさんは何故か山田を気に入ってしまったらしく、何度も「いいなぁ、愛」と口ずさむように呟いた。やがて決意をしたようにワイングラスを掲げた。
「──私は山田君を応援します!」
「……あああ、ありがとうございます」
突然横から聞こえた声に、智子はびくりと身体を震わせた。トイレから戻ったらしい山田が、智子の横に情けなさそうに立っていた。
「……すすすみませんでした。急に席を立ったりして」
再び座席に着いていいものか分からず、山田は椅子の周りでおろおろとしていた。見かねた智子が声を掛ける。
「──ここ、座って?大丈夫だから」
智子の言葉に山田の表情はぱっと明るくなった。全身から「嬉しい」という感情を漏らしたような仕草で椅子に座ると、再び「智子さん」と呟きはじめた。
「──ねえ山田君!ともちんさんのこと好きなの?」
突然、カナッペさんが爆弾を投下する。山田は何度もおろおろと周囲を見まわすと、やがて覚悟を決めたように口を開いた。サングラス越しの視線は、テーブルの一点を見つめているようだった。
「だ……だだ大好きです」
上擦った声と、熱を帯びた耳。
最初の第一声から少し間を置いて、彼は静かに口を開いた。
「……だ、大好きです。こここの姿じゃダメだってことは分かっています……でも、それでも、智子さんの横に座って話が出来るなら。それで僕は……」
少しの寂しさを乗せた声色は、智子へ向けてさらに語り掛けた。
「……ただ、話ができたら」
山田は、静かに呟いた。
「──やだぁ!けなげ過ぎる!もうともちんさん、一回だけでいい!一回でいいからデートしてあげて下さいよ!私、全力で応援しちゃう!」
カナッペさんは最後に残っていたワインを飲み干すと、猛烈な勢いで捲し立てた。
「ほら山田君も!ともちんさんにお願いする!」
「……あ、でも智子さんには恋人がいるって」
山田が辿々しく答えると、カナッペさんはさらに押しが強くなった。
「──彼氏がいても関係ない!二人で出掛けるくらい何てことない!いや、むしろ奪い取ってやる!」
「……カナッペさん、飲み過ぎ!山田君もごめんね、なんか絡み酒みたいになっちゃって」
智子が山田の顔を覗き込むと、彼はしばし戸惑いの表情を見せた後、意を決したようにこちらを向いた。
「……とと智子さん、少しだけでいいです。僕と……僕と二人で過ごしてくれませんか」
「よく言った山田!!」
カナッペさんの合いの手を聞きながら、智子は山田の顔を見つめる。緊張と期待、不安がないまぜにされた彼の顔面は、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
「まあ……お茶くらいなら」
智子が口にした言葉に、彼の表情は歓喜の色を見せた。カナッペさんが「あとはお熱いお二人でー」と冗談を言う中、智子はこのまま山田と二人でお茶をすることになってしまった。
「あああの、僕、智子さんと行きたい店があるんです。ここから歩いて直ぐなので……」
「ふふふ!私、恋のキューピッドです!」
酔っ払ったカナッペさんは、何度も幸せそうに「キューピッド」と呟いていた。
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