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臆病彼氏
幼い頃から怖がりだった。
特に人と接するのが怖くて、人との関わりを常に避けて生きてきた。
だけど神様。
どうか、この夏だけは。
俺に彼女の「頼れる彼氏」を演じさせてください。
「あ、あのさ…」
声が震えた。
隣に彼女がいると思うだけで、心臓がどうにかなりそうだ。
「夏休みのデート…なんだけど…」
しっかりしろ、俺。
汗ばんだ掌をぎゅっと握り、俺は自分に言い聞かせる。
決めたんだろ。この夏は、今までとは違う自分になるって。
高校の入学式の日、どういうわけか俺は、同じクラスの安村さんに目が惹きつけられた。時折、彼女の唇から漏れ出る独り言を、どんなに遠くにいたとしても俺の耳は捉えた。それが恋なのだと、気付いたのはずっと後の事だった。
同じクラスの、斜め後ろの席に彼女がいる。
それだけで俺は幸せだった。
なのに一週間前。どういうわけか、俺と安村さんは付き合う事になった。
俺の気持ちがクラスの奴らにバレたらしい。クラスメートたちからの「告白しろ」という抗いようのないプレッシャーに押し流されるがまま、俺は彼女に告白した。そして何故かOKをもらった。
たぶん、臆病な俺を安村さんが憐れんでの事なのだと思う。
だから、付き合ってはいるけれど、安村さんは俺のことなんか好きじゃない。夏が終われば、きっとこの恋も終わる。
だから夏休み前日の今日、俺は彼女を決死の覚悟で中庭に呼び出したのだ。彼女をデートに誘うために。
一度でいい。安村さんの理想のデートをしたい。そして、俺が彼女を心から笑わせたいんだ。いつも困ったように笑う彼女を。
ありったけの勇気をかき集め、俺は言った。
「い、いくつかアイディアを考えてみたんだ。安村さんはどういうのが好きか、聞かせてもらってもいいかな?」
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