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12 最終話
今村くんも亜島さんも、こんな今を望んだだろうか。僕には全くわからないと思った。
亜島さんに病院に行くべきだと言った。普通なら生きていない状態だけど、治療をすれば、少しは良くなるんじゃないかって。でも、亜島さんはその前にやるべきことがあるって言って。
今村くんには、由紀恵さんの家に行こうって言った。家族の元に今は戻れなくてもいつか戻れる日が来るからって。でも、今村くんは、その前にやるべきことがあるってそう言った。
やるべきこと?
今の2人に自分のために生きること以外大事なことなんかないよね?
僕はそう思ったけど、2人の思うことは、最終的に僕にはなんの関係もないし。僕は、それほどこの2人と友達じゃないし。
でも、大輔さんは?
でも、今村くんの奥さんは?
どんな形であれ、生きていたら…ちゃんと帰ってきてくれたら嬉しいんじゃないの?
他人のことなんか、どうだっていいけど。
うん。どうだっていいけど。
「お前なんなんだよ!」
江藤の持った包丁が僕の顔を切った。
「こっちが聞きたいね、その質問。」
「はあ?」
血が流れるのがわかる。
「僕だって、僕がどうしてこんな目にあってんのか、ぜんっぜん、わかんない。」
頬から流れる血を拭って、その手を見る。
生きてるって、痛いんだなって笑っちゃう。この痛さがわかんないなんて不幸にも程があるよねって。
「今村くんと、亜島さんて、痛くないんだって。」
「あ?」
「だから、どんなことされたって、死にそうだってわかんない。死んでないって思ってるみたい。」
「はあ?」
江藤はもう、理性なんてないから、僕をどんどん切りつけてくる。痛い。腕も肩も切られる。
通りすがりの人が悲鳴をあげている。
僕、なんで生まれてきたんだろう。
これで死んだら笑えるな。
今村くんの時は、なぜ誰も気づかなかったのかな。
僕、夢でも見てたのかな。
「今村くんも、亜島さんも、大橋組を許さないよ。つーか、痛いからそろそろやめてって話。」
僕はただ、腹が立って、鉄板に江藤の顔を押してけている。
やられたらやり返すよ、僕だって。
皮膚の焦げる匂い。
胸ぐらを掴まれてお腹を刺された。
「死ねよ。クソガキ。」
「亜島さんは、もっとキツかった!」
「ああ?」
「江藤さんもウジムシに噛まれればいい!」
刺されたお腹が、ドクドク脈を打つ。手で押さえても血が止まらない。
「今村くんは、もっと…江藤さんなんかより怖かったはずだ。でも、僕を守ったんだ。」
崩れ落ちると蹴られて、僕はきっと死ぬんだと思った。別にいい。
僕が死んだからって、世界は変わらない。
でも、今村くんと亜島さんがあんな目に遭うのはバカみたいだよ。大切な人がいるのにさ。
おかしいよね。
くだらないよ。
『夕陽が沈むころ、お前が生まれたから、名前が夕陽だ。綺麗だったんだよ、夕焼け。青くて、オレンジで。』
自分の名前、あんまり好きじゃないって父に言ったらそう言ってくれた。
生まれてきた子に1日の終わりみたいな名前つけるなんて間違ってるって泣いて訴えた日だった。
クラスに朝陽ちゃんがいて、一緒に準備運動やった時に漫才コンビって馬鹿にされて、朝陽ちゃんからはひどく嫌われた。
『お母さんがつけてくれた名前なんだよ』って、顔もわからない人のこと言われてもなって、どんどん父のことも嫌いになった。
誰も、僕には関心がないってずっと思っていた。僕ってなんだろうって。
『夕陽!!』
救急車の音が聞こえて、久しぶりに聞く声がする。そうだ、忘れてた。
「夕陽!」
手を握られて涙が流れるのがわかる。声を出して泣きたいと思った。
「聞こえるか!」
「うるさいよ。わかってる。」
僕の父は救急隊員だ。
だから、家にいなかったんだよな。
そういえば。
偶然にも程がある。はっきり見える。笑っちゃう。
「江藤さんは?」
「ん?」
「僕、刺した人」
「パトカーに乗って行った。」
「盆踊りは?」
「やってる。」
「良かった。」
空に一輪、花火が開くのが見えた。
僕は、まだ知らなかった。
今村くんと亜島さんが、この時もう死んでしまっていたこと。
2人の体は限界で、大輔さんの家の近くのホームレスの人たちがゴミを漁る場所に身を投げて最期を迎えたこと。
見つけたのは大輔さんだったこと。
ただ、大輔さんは今村くんのことはわかったけど、亜島さんのことはその時わからなくて、DNA鑑定をしてそうだとわかったんだって。
怪我が治ってすぐに300万円と鍵は、警察に渡した。拾いましたって嘘をついて。
一つ思う。僕が、江藤さんに、今村くんが死んだって嘘を言ったから、今村くんは、死んでしまったんだろうか。
2人がやるべきことはなんだったんだろう。
社会の闇を暴くとかそんなヒーローみたいなことしようとしてたらなら、本当にくだらない三文芝居で、僕は客席から見て笑ってあげるよって本気で思う。
ま、2人が何を考えていたかなんて僕には関係ないけど。
江藤さんは傷害の罪で罰金を払って刑務所行きは免れ、僕は正当防衛で無罪だった。さすが、裏の社会と警察は繋がってるって聞いたことあるなって、変に納得した。
セフレだった麻友とは、連絡を取るのをやめた。結局は、江藤さんと結婚するらしい。江藤さんの顔の火傷の話はしなかった。
夏休みが終わって、大学で麻衣よりかわいい女の子がいたから、声をかけてみたけど、なかなか彼女にはなってくれない。
そんな愚痴を大輔さんに言ったら、顔しか見てないのかって怒られた。大輔さんは僕を叱ったりしながら、現実の悲しみから立ち直ろうとしていた。
由紀恵さんは、本当に息子さんの家に住むことになった。僕が、そのあとあの家を使うのはなんだかやっぱり気が引けたから、由紀恵さんは本気だったけど遠慮した。時々、息子さんの家に遊びに行くねって約束してみかんには、ちゃおチュールを何本かあげた。
僕は人の死も別れも意外と悲しまないんだって、自分の心の無さには驚いた。
「夕陽、就職、どうするつもり?」
大輔さんの部屋。2人でシャインマスカットを食べていた。僕も大輔さんも葡萄がたまらなく好きだ。
「…まだ決めてない。」
「決めろよ、就活は2年から始まってんだよ。
来年は3年だろ?しっかりやれ。」
頬をつねられた。
「うーん…。一個、決めてんのは…。」
「ん?」
口に一つ、マスカットを入れて噛み潰す。インゼリーの味を思い出した。
「公務員だけは、やめとくよ。」
亜島さんと今村くんの遺骨が目に入る。
「賢明だな。」大輔さんが僕の頭をわしゃわしゃ撫でた。
季節外れの蝉が1匹鳴いたような気がした。
僕が、今村くんと出会ったのは、3年前の高2の夏で蝉がジリジリ鳴いている時だった。
〈了〉
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