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④大輔さん
大輔さんの本当の名前は恵。めぐみっていうらしい。外見を変えてしばらくは、けいって、自分のこと名乗ったらしい。でも、僕が会った時はすでに大輔さんだった。
大輔って名前は、双子のお兄さんの名前で、そのお兄さんは、失踪か誘拐かわからないけどいなくなってしまったと教えてくれた。
いなくなってから2年。
僕はあったことのないその人を大輔さんの顔から想像するけど、全然違う顔だと思う。
大輔さんは
「今度、エラ、もう少し削ろうと思ってさ。」
コーヒーを飲みながら顔のラインをいじってにこやかに話すほど整形マニアだ。
「痛そう。」
「たぶん、二日は死ぬ。」
「どこでやるの?」
「決まってるでしょ。」
「うん?どこ?」
「韓国」
「お土産買ってきてね。」
僕は意外と今の大輔さんの顔が嫌いじゃない。
「夕陽は、良いよね。」
「ん?」
「顔、変えたいなんて思わないでしょ?」
「うん、平均よりちょっと良い顔してるから。」
「へえ。言ってみたい。」
「でも」
「ん?」
「別人になりたいって思う日は来るかも。」
「え?」
「いや…わかんないや。」
「夕陽の顔、好きだな。」
僕も、大輔さんの顔好きだよって言えたらいいんだけど。人によって作られた顔を好きも嫌いも僕の言うことじゃないんじゃないかって。
「兄の顔も好きだった。」
時々、お兄さんのことを話すと寂しさが見える。もう生きていないのか、どこかで生きているのか。
探すのはやめてしまったんだろうか。まだ、探しているんだろうか。
「今日はこれから、学校?」
「うん?うん。…いや、夏休みだから。」
焼いてもらったハムエッグは、ハムが2枚。お皿の脇にはブロッコリーがあって、違う器にはレタスが盛り付けられていてスライスチーズにミニトマトとキュウリが乗っていた。
「大輔さん、仕事は?」
「休み。」
「ふーん。大人はさ…。」
「ん?」
「大輔さんみたいな人のことだと思う。」
「何?」
「うん。子どもは困ったらさ。」
「ん?」
「大人に相談して良いんだよね。僕はもう成人だから子どもじゃないけど。子どもはいいね。」
「困ってるわけ?夕陽。」
「どうかな。わかんない。」
「そう。」
「うん。」
ハムの塩味で卵の白身を食べる。黄身にはほんのり甘みもある。ブロッコリーを黄身につけて口に運ぶ。レタスの甘み、トマトの酸味、チーズの塩味、きゅうりの青々しさ。
ドレッシングなんかいらないんだ。
そのものが持つ存在にそもそも意味があって世の中は過多なものが溢れている。装飾が多すぎる。大輔さんだってもう整形なんかしなくて良いのに。
ご馳走様を言って、食器を下げてから歯を磨く。
大輔さんの家には僕の必要なものが揃っている。
僕の横で大輔さんがタバコを吸い始めた。
「今村くんは、困ってたのかな。」
「え?」
「誰と、どんな人と、関わっていたんだろう。」
「今村、なんかあったの?」
「……うん。本当にバカみたいだよ。笑っちゃう。」
「何?」
「はっきりは分からないけど。バカなことをしたに違いない。でも、教えてくれなかった。全く。何も。何一つ。大事なことを言ってくれなかった。
僕をバカにしているとしか思えない。あんなバカな人にバカにされるほど悔しいことはない。」
もしかしたら、誰かに僕もあんな風に怪我をさせられるかもしれない。もしかしたら、僕と関わる人、全てを巻き込んでしまうかもしれない。
そう思うと、急に怖くなった。
「大輔さん。また。」
靴を履いて立ち上がると、大輔さんにお尻を蹴られた。
「困ってるわけ?夕陽。」
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