⑥亜島大輔

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⑥亜島大輔

「俺な痛み感じねーんだ。そんなやつ、俺しかいねーって本気で思って。でも、あれ、もう1人いるんだよ。世の中ってやつはせめーなって。」 自転車で転んだ今村くんを病院に救急車で運んだその日に言われた。 それはあの夏の一番の衝撃で、動かない脚を松葉杖をついてぶら下げて帰る今村くんの横で僕は言葉を失った。 「一発殴ってもいいんだぜ。」 こいこいとばかりに手招きをされて、僕は、思いっきり今村くんの胸を殴った。 今村くんは、道に倒れて咳払いをした。 「あ」 「あ、じゃねーよ!冗談きついな!杉崎!!衝撃もくるし、骨は折れるんだよ!折れたらどうするつもりだよ!!」 「だって。」 「普通、軽く、ペチーンってビンタするくらいだろ。」 「それじゃつまんない。」 「ったく!思いやりがねーな。」 痛くないからって不死身ではないって言う。それでも、なんか漫画みたいだと思った。 痛覚がない人が世の中にいるなんて。 松葉杖をつく今村くんの横を、僕は今村くんの自転車を引きながらゆっくり歩いていた。 「今村の言ったとおりだ。お前、真面目だな。」 僕は自分がこんなにもお人好しで律儀だと初めて知った。一旦立ち去った場所に、食糧と消毒液にガーゼを持って帰ってきた。 「うえぇぇええ。」 「変な声出すなよ。」 僕の買ってきたインゼリーを口に咥えて、僕にガーゼの交換をさせている。 ただれた赤黒い皮膚は膿があり、膿にはウジムシがくっついて、僕がそれを手で摘んで取り除いて浮き上がってくる血液をガーゼで拭って、消毒液をたくさんかけると泡がぶくぶくと湧いてくる。 「ああーうーぅぅう。」 「うるせえっ!!」 「だって、気持ち悪いぃい!」 「失礼なヤツだな、お前。」 「痛くないの?ねえ?」 「俺、先天性無痛症なんだよ。」 「何それ?」 「今村と同じだ。」 思いっきり胸を殴ってみた。 やっぱり、咳き込んで 「急に何すんだよ!!バカ!」 「今村くんは、こうしろって。」 「はあ?お前、衝撃はくるし、骨も折れるんだよ!」 「うん、今村くんも同じこと言ってた。」 「はあ?」 僕は殴った拳を見て激しく後悔した。潰れたウジムシがこびりついている。げんなりした僕を見るなり 「自業自得だ。」 そう言って、僕の手のウジムシを振り払ってくれた。僕は自分の手に沢山の消毒液をかける。 「今村は、あれでいて怪我人には優しかったけどな。お前はまるで小学生だな。うるせーし、乱暴だし。」 「なんで、初対面でガーゼ交換してあげてるのにそんなこと言うの?」 僕よりもずいぶん年上だとは思う。弱った体は、動く部分が少なかった。 「戻ってきただけ褒めてやんないとな。」 「それだって、僕が買ってきたんだけど。」 「気が利いてるよ、インゼリー。口ん中も喉も焼けてるから、普通の固形物は入って行かないからな。」 「…知らないけど!」 誰なのか全然わからない。今村くんとは知り合いだということだけがわかる。 「嫌な気分だろ。見ず知らずの他人の…。」 「嫌ですね、やりたくないです。」 「正直。だけど、真面目だな。」 「ちょっと黙って。」 「慣れて来たか?悲鳴上げなくなったな。」 「僕、スプラッタ映画得意なんで。」 「…スプラッタか。」 全身のガーゼを変え終わる頃には、足元からウジムシが体に上って来ている。 「うわあ…。キモっ。」 「コイツら、俺を死体だと思ってるからな。」 僕は、足元に、消毒液をかけて、なんならウジムシにもそれがかかるのも構わないくらいに乱暴に消毒液を振り撒いた。 「アルコールが臭えよ。」 「腐敗臭よりマシだよ」 「お前なあ……。まあ、いいけど。」 比較的まともに動く右手で、自分の頭を掻いた。顔も半分以上、火傷を負ってただれている。 「お前、…杉崎だろ?」 「…なんで?」 「今村が、自分が来れなくなったら、杉崎って言うチビが来るってそう言ってた。」 「え」 僕は自分の背がチビだとは思っていない。今村くんが僕をチビだと言ったことが少しショックだ。 「いよいよ、ヤバいって言ってたからな。殺されたか?今村。」 諦めた顔をする。やっぱり、何か事件に巻き込まれているし、そういう、僕の知らない世界の出来事が目の前で起きている。 「血がいっぱい出たけど。」 「ん?」 「変なLINE来たから生きてると思う。」 「そか。助けてくれたのか、お前。」 「救急車呼んだだけ。」 「ありがとうな。」 まるで子供に言うみたいだった。伸ばした右手で僕の頭を撫でる。気持ち悪いと思っていた見た目は、人らしい体温を感じると愛おしいものに変わった。 けど、顔をよく見ると目元が誰かに似ていてぞっとする。 「名前、教えてよ。なんて言うの?なんて呼べばいいか分からない。」 「…亜島大輔だよ。」 亜島は、大輔さんと同じ苗字だ。思いたくはなかった。大輔さんのお兄さんがこの人だとは。大輔さんは痛覚のある人間だし。 「お前、とんでもないバトンをもらっちまったな」 「え」 「今村が、再起不能なら、お前がやるしかない。」 「待って。なんの話?」 「明日は手帳を持ってこい」 僕は、使い終わったガーゼをゴミ袋に詰めた。 「今村も俺も死んでると思われている。お前、それは自分で燃やせよ。ソロキャンでもやって。」 「は?意味わかんない。」 「そんな得体の知れないゴミ、事件ですって言ってるようなもんだろ。」 亜島さんも、今村くんも僕に命令ばかりする。僕はなんでこの人たちの言うことを聞いてるんだろう。 「これ持って警察に行こうと思ってるよ!」 「テメェだけじゃなく、テメェの家族も、テメェの女も死ぬぞ!」 「なんでだよ!!」 「俺は、ガソリンかけられて燃やされてんだ!」 「それは見ればわかるよ!!」 「なんで怒ってんだよ!」 「わかんない!!」 わからないままに、巻き込まれて、わからないままに危険な目に遭わされるのが嫌だった。この人が大輔さんのお兄さんだということも嫌だった。 「ちゃんと教えてよ!」 僕が言うと、亜島さんは口の端を上げてニヤリと笑う。 「今村の言ったとおりだ。お前、真面目だな。」
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