⑦今村くんと亜島さん

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⑦今村くんと亜島さん

僕はテレビも新聞もあまり見ないから社会の闇とか全然知らなくて。 闇っていうのは意外とそばにあって、昔はヤクザ、今は反社って。 元反社って言うのはザラにあって…実は反社ってのもいくら暴排の街と謳っていても、やっぱりあって… 「お前、意外と頭悪いのな。」 約束通り手帳を持って来た僕に、ガーゼを今日も丁寧に交換する僕に、インゼリーをいろんなフレーバーを買って来た僕に、亜島さんはため息をつきながら言った。 「わかんない」 「新聞読め」 「嫌だ。あんな大っきくてかさばるの嫌だ。」 「…テレビ見ろ」 「嫌だ。時間縛られたくない。」 「反抗期」 亜島さんは、必要以上に大きなため息をつく。インゼリーの蓋を開けろと僕に促してくるから、蓋を開けて、僕がインゼリーを咥えた。 「おい!」 「亜島さんが悪い。僕は機嫌が悪い。」 「ガキ!お前が、教えろって言うから、話したんだろ?な?違うか?な?」 「あ、これ美味しい。」 「…ふざけんなよ」 仕方なくもうひとつ、インゼリーの蓋を開けて亜島さんに渡した。 亜島さんと今村くんは、県の職員で公共事業部の上下水道課で、水道設備工事の入札に関わっていた。 今村くんが、そんな固い仕事をしていること自体意外だったんだけど。 設備工事は民間の建築会社が請け負う。一般競争入札には、いくつかの民間の企業が手を挙げ少しでも安いところに仕事が回るのだ。 「一般競争入札に参加したのが大橋組だった。」 大橋組は、大きな建設会社ではない。どちらかといえば一次請負会社の仕事を請け負う会社だった。 「ほら、夏祭りで、テキ屋やってただろ?焼きそばおおはし。」 「あ。美味しくなさそうだから買わなかった。焼きそば、麺が焦げててキャベツ全然焼けてないの。あれに比べたら僕が作った方が美味しいよ。」 「チビよお、大事なの、そこじゃねーかんな。」 「え。」 地元の夏祭りでたびたび焼きそばやお好み焼きを売っているテキ屋ということの方が僕には馴染みがあった。 「でも、2年前から夏祭りで見てない。」 「……なあ、チビ。」 「ん?」 「お前の心臓、どこにある?」 「え?左胸だけど。」 「普通の人間なんだな。」 「ええ?」 僕の言動の何かがおかしいと言いたいんだろうか。 手帳を手に取って亜島さんが、数字を見せて来た。 「設備工事の入札金額だ。」 「あ。」 「大橋組は反社だ。」 「へえ。」 「驚かないな。」 「なんか、そうかなって。話の流れで。で?」 「反社だと分かったのはすぐで、俺と今村は、大橋組から入札条件の横流しを頼まれた。」 「え、談合じゃん。」 「…違うな。違う。ここぞとばかりに言ったんだろうけど違う。」 亜島さんは、頭の悪い僕に哀れみの目を向けて来て、なんかムカついた。 「あのさ、300万円は、それと関係ある?」 「なんだ、勘はいいみたいだな。情報料だ。」 「それ、犯罪じゃん!」 「そうだな。」 「もう…。今、それ、うちにあるんですけど。え、ほんと、もう、ええ…。」 「引いてるな。」 「引くよ。」 一般競争入札は、最低限の条件、金額は公開されるもので、裏から情報がいるようなものではないはずなのだが他社の金額がある程度、事前にわかるのを流せと言われ、情報料を受け取ってしまったのが今村くんだった。 「もう、なにやってんの、今村くんは。で、情報流したの?」 「流したが、全部、嘘だ。1000万ずつ高い金額を教えて、大橋組は仕事が取れなかった。」 「で?」 「逆恨みで俺が焼かれた。」 「引くわー。」 「そもそも大橋組でできる事業じゃなかったし、落札できなくて良かったんじゃないか。県としても。大橋組としても。」 「…知らないけど。」 「それが、2年前の話だ。」 僕が今村くんから手帳を受け取ったのが2年前。大輔さんのお兄さんがいなくなったのも2年前。 「ねえ、双子の妹いるでしょ?」 「…は?」 「探してる。亜島さんのこと。」 「どんな関係なんだ?」 大輔さんと会ったのは今村くんが連れて行ってくれたゲームセンターだった。シューティングがめちゃくちゃうまくて塾の先生だって。 「会いたい?」 「…会えると思うか?」 亜島さんの全身をじっと見た。 「僕なら嫌だ。自分の兄がこんなだなんて。」 「だよな。」 「でも、めぐみさんはどう思うか…わかんない。」 「本当に知ってるんだな。」 「なんていうか……。…。」 「なんだよ」 大輔さんの体は、ほとんど男で僕は抱いているのか抱かれているのかいつもよくわからない。 「………してる。時々。」 ただ、抱き合うとお互いに安心するのはよくわかった。 「セックスか?」 「まあ、うん。」 そんな大輔さん…妹さんの姿を亜島さんは、知っているんだろうか。 「ガキが。」 亜島さんは、くくって笑って、インゼリーを開けろって顎で僕に指図する。 「最悪」って笑いながら言って。 仕方なくもうひとつ、インゼリーの蓋を開けて亜島さんに渡した。
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