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もう、とうに終わった世界だとしても食欲はある。
鱗粉が息をするような夜空に見つめられながら、僕は食料を求めに歩き始めた。
いつも、食料を取りに行っている店がある。
かつては人で賑わっていた地元のスーパーマーケット。
そこに向けて、しんとした住宅街の道をしとしとと歩いていた。
――ねぇ
ふいに、声をかけられたような気がした。
「わっ」
びっくりした……。
声のした方を振り返ると、微かに浮かぶ人間の輪郭が佇んでいた。
「君は……人?」
僕は徐にそう尋ねる。
「多分、そう」
ああ、彼女もきっとこの世界に振り回された人なんだ。
僕はそう思うと少し安堵した。
「何もかもが、虫……」
彼女は項垂れたようにそう言う。
「そうだね……」
僕は静かに共感することしかできなかった。
草木が腐敗したような臭いがそこかしこから漂ってくる。
それと共にカサカサ……バサササ……カサカササ……という彼らの蠢く音が聞こえてくる。
薄暗い宵闇に浮かぶ影は、人間のような柔らかい輪郭ではなくて。
でも、目の前にいる女性は人の温かみのあるシルエットが見て取れたから、僕の心はふいに突沸したように感情が昂っていた。
「やめてっ……!」
抱きしめようとしていた。
拒まれた。
当たり前だが、しかしもうそのような理性が半ば風化したかのような自らの行動に我に返る。
「ご、ごめんなさい。久しぶりに人間に会えたからつい嬉しくなって……」
そういうと彼女はほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「わかるわ。その気持ち。もう、一人だけかもしれなかったと、そう思ったのよね」
彼女は夜の闇の中で微かに微笑んでいるような気がした。
「ねぇ、君の名前は?」
「私は和花。貴方は?」
「俺は直亮。よろしくね」
「ええ……。よろしく」
潮の香りが海風に乗ってやってくる。
蟲の臭いには嫌気がさしていたから、めいっぱい息を吸った――。
げっほげっほ……!
「ごめ……大丈夫?」
「和花さんは悪くないよ。少し空気が淀んでいるみたいで」
「そう……そうね」
「これからどうしようか」
「うーん。お腹が空いたわ」
「だよね。じゃあ、スーパーに行こうよ。行きつけのとこがあるんだ。発電機があるから回しておいた。食料もまだもつよ」
「ああ……うん。行きましょうか」
どこか、和花の素振りが気になるが。
とにもかくにも俺も腹が減ったから。
これからの事は腹ごしらえをしてから考えよう。
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