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6.野花
6 野花
殆ど記憶にない清洲の城であるが、母と暮らした別曲輪は取り壊されて武具庫となっている。かつて宗冬の元服を宗近に訴えてくれたただ一人の老臣・平手賢秀はもう鬼籍に入り、息子である三郎賢厳が城代として城を守っていた。
「奥川将康様、宗冬様におかれましては御健勝の由、誠にもって恐悦至極。この通り無粋な差配で何もございませぬが、岐阜城への出立まで暫し、おくつろぎくださいませ」
将康より少し若いくらいではあろうが、賢厳はそう無表情に告げ、余計な会話は無用とばかりにすぐに辞去した。
花も活けておらぬ奥座敷の一間。将康と宗冬は、夏物の麻の小袖に裁着袴という軽装で座していた。開け放たれた障子の向こうには、枯れ木が並んでいる。
「桜の古木があった筈でしたが」
粗末な茶碗に注がれた白湯に見向きもせず、宗冬は夕陽の当たる中庭に降り立った。
全てが、色を失い、枯れているように見えた。人が暮らしていて、このように息吹もなく、全てが褪せてしまうものであろうか。
「確か平手殿は宗近殿の不興を買ったと聞いておるが、それならば城代など任されはせぬ」
「はい……何某かの策があるとしても、殿の御身は命に変えてお護り申し上げます」
1578年晩夏。15才となった宗冬は、一層体つきも青年らしくなり、細身とはいえ上背は既に葛を越えようとしていた。顔立ちだけがまだ少女のような可憐さを残したままであるが、声はもう落ち着いた低音で、奥付きの女中達などは、声を掛けられるたびに卒倒するほどの甘い響きだなどと称している。
未だに駿河から帰ってこない宣将の姿を最早忘れそうになっている将康は、美将に育っている宗冬をまるで自慢するかの如く方々に連れ回していた。
しかしながら今度の美濃行きは、決して楽しい旅ではない。兼ねてより宗近から宣将への縁組を持ちかけられていたが、例の如く安佐が宗近嫌いで猛反発をし、勝手に高田家との縁組を画策していたことが当の宗近に露見したのである。元々将康は子供の頃に織田島家に人質として出されていた折、宗近を兄と呼ぶ程に心を通わせたことがある。あの冷徹な宗近も、怜悧だが人好きのする将康を弟と呼んで大層可愛がったのであった。
それだけに、怒らせた時の恐怖も、将康は骨身に沁みて知っていた。
「まさか、ここで我らを殺しはしまいが……」
「父は将康様の御器量をよう承知です。将康様の申し開きに必ずや耳を傾けましょう」
「いや、脅すだけ脅して、煮え切らぬ我に決断を迫るおつもりであろう」
「我が父ながら、申し訳もございませぬ」
頭を下げる宗冬に、将康は手を振って笑った。
「よせよせ。父などと呼ぶほどの交流もない宗近殿に、そうまでして義理立てすることもなかろう」
「将康様」
と、夥しい足音と共に将康の兵があっと言う間に二人を取り囲んだ。しかし、その槍先は宗冬にだけ向けられていた。
「一体これは」
「宗冬よ。儂は衷心からおまえを倅に欲しいと思うておる。だが、あんな女でも妻は妻、あんな阿呆でも倅は倅。宗近殿にむざむざと殺されて黙っておるわけにもいかぬ」
「殿、織田島の兵が岐阜城を発った由にございます」
兵をかき分けて、具足姿の石川一貴が将康の前に膝をついた。
「いよいよ来るか。この清洲はのう、もう随分と人の手が入っておらなんだ。それを休憩所にと用意されたでな、これはもう、我の命を取るつもりだと腹を括った。妻子の首が間に合わねば、ここで果てることとなろう。そして宗近殿はそのまま稲川を攻める」
「稲川をですか」
「そういうお方だ。しかしながら、お前を殺さぬまでも宗近殿にお返しして織田島に力を与えるなど口惜しゅうてならぬ」
一貴は刀を抜くなり、宗冬の髻を断った。板の間に、黒々とした長い髪が髻ごと落ちた。
「ご無礼を」
「こ、これはいかなる事にござりますか」
何のことかまるでわからず、下げ髪のまま突っ立っている宗冬の両肩を、どこから現れたか葛がしっかり抱きとめていた。その姿は忍装束に胴丸ながら、覆面を顎まで下ろしてその美貌を晒していた。
「やはりのう、市蔵はおぬしの二役であったか、行け」
「御免」
宗冬を促し、その手を引いて葛は駆け出した。
平城である清洲城の本丸は、五条川と内堀とで守られている。将康がじっと動かず平手勢を引きつけている間に、葛は宗冬と石垣を乗り越え、五条川に降り立った。
「遅い」
そこには三頭の馬の手綱を引いた碤三が待っていた。秋の予兆か、既に薄闇に包まれようとしていた河原の風は冷たい。
「蒼風、蒼風よ」
愛馬・蒼風に駆け寄るなりその首に顔を寄せる宗冬の肩に、葛はすかさず馬の背に括られていた黒布を被せた。童のようになってしまった宗冬の姿に、碤三が笑った。
「ひどい頭になりやがったな」
耳の下でバサバサと風にそよぐ髪を触り、宗冬が首を傾げた。
「なぜ、将康様はこのようなことを」
疑問を口にする宗冬を促して蒼風に乗せ、葛が鐙の具合を確かめた。
「その髪では暫しの間戦場に出ることは敵いませぬ。一年ないし二年、織田島の殿から若の力を削ぐことで、些かの意趣返しをなされたのでしょう」
「殺されても、文句は言えなんだな」
「将康様は御器量を買っておられるのですよ、若の」
碤三も葛も馬に跨り、馬首を北へと向けた。
「遅れをとるな、小僧」
先に鞭を入れた碤三の後を追うように、葛と宗冬が続いた。
その頃、駿府城にほど近い賤機山城内では、城主・朝比奈且将が姪の安佐とその子宣将を自害に追い込み、その首級を整えていた。
元来気位の高い安佐は、宣将の正室にと密かに甲斐の高田と通じていた。宗近と将康の間で縁談が纏まりかけていただけに、宗近の怒りは凄まじかった。既に尾張との国境にある大高城と鳴海城を囲まれ、漸く代官を置いたばかりの渥美半島にも兵が向けられようとしていた。慌てて申し開きをすれども宗近の怒りは治らず、将康は涙を呑んで、大高、鳴海、渥美半島と妻子の命を引き換えにしたのであった。
しかも、稲川頼将が水面下で駆け引きを続けていた相模の南條との縁談が破綻してしまったのも、この安佐と高田家の繋がりが知られた為でもある。
「急ぎ奥川殿に届けよ」
これで稲川と奥川の縁は切れた。しかしながら、将康は二人の首と引き換えに、織田島宗近への抑えとなる事を約束したのである。
数年前までは、稲川が奥川に同情されるなど思いもよらなかった。頼将は駿河・遠江守護職を得て東海での力を磐石とした筈であった。だが、相模の南條との婚姻話が頓挫し、同盟の約定も立ち消えとなった今、尾張と美濃全域を押さえた織田島の存在は脅威となっていた。ここで奥川が先に倒れることがあれば、いよいよ稲川も危うい。
「頼将公が病を得られた途端にこれでは。忠臣として稲川家にお仕えして参った御先祖に申し開きができぬ」
そして朝比奈家の位牌の前に座し、前合わせをくつろげた。そして懐剣をその腹に突き立てようと唸りを上げた瞬間、具足姿の頼素が飛び込んでその手から懐剣を蹴り飛ばした。
「且将、早まるでない」
「しかし、姪とはいえ主家のお血筋を手にかけ申した」
「だからと言って、お前に死なれては困るのだ。今の私に、あの混乱する家内を収める術はない。おまえの力がいる」
「しかし私は奥川と」
「お前の機転で、完全に手切れとならずに済んだのは幸いじゃ。将康殿は今の宗近に唯一ものが言えるお方。表向き縁が切れたとは言え、命綱と大切に思わねばならぬ」
且将はペタリと両手をついて肩を落とした。
「父のやり方はもう古い。これからは奥川や相模の南條とも上手くやっていかねば、国そのものが滅ぶ。駿河の大将で踏ん反り返っていては、食い荒らされて仕舞いじゃ」
「頼素様」
守護職を正式に得た後間も無く、頼将は床についた。重篤ではないが最早戦に出られる体ではなく、今や家内の仕置にも口に出せぬほどであった。しかしながら、嫡子とはいえ、まだ実権を握るに至らぬ頼素に家臣は従う筈もなく、家内は混乱していた。そこへ頼将の弟・親雅が次の当主にと叛意を翻し、頼素に反感を持つ老臣を抱き込んでいた。
「ここを本陣と致す。母も妹も間も無くここに着くであろう」
「殿は、頼将様は」
「殺された、叔父いや親雅に」
駿府が既に謀反者の手に落ちたと聞き、且将は愕然とした。あの盤石で華やかであった稲川の繁栄が、音を立てて崩れていく。既に物見窓の向こう、駿府の城下からは火の手が上がっている。
「且将! 」
「は、はい」
元々は家中でも切れ者と称されている且将である。両頬をぴしゃりと数度叩き、部屋の外でおろおろと話に聞き耳を立てていた小姓達に檄を飛ばした。
「まずは御方様と姫様を無事に城内へお連れするべく兵を出せ」
「かしこまりました」
小姓を行かせた後、且将は頼素を伴って物見櫓へと駆け上がった。筒眼鏡で城下を見る限り、駿府城から兵が出てくる気配はない。
「親雅めは元々狡猾で信義を持たぬ性格。然程人望があるとも思えぬ。城内でまたぞろ一悶着起きるだろう。それまで十日いや数日、まずは我々と同世代の、老臣の息達を切り崩す。且将は夜陰に乗じて駿府城下の備蓄兵糧を奪って参れ」
「交渉にはどなたが」
「私が行くに決まっておろう」
「若殿が直接にですか」
「不満か」
「いえ、或いは若殿のお人柄こそがこの劣勢を覆せるものと。兵糧はお任せくだされ、駿河忍を使います」
「直に味方は増える。しばし堪えてくれ」
「若……勿体のうございます」
頼素の言葉通り、且将が駿府城の兵糧の備蓄を強奪した後、親雅に味方をしていた老臣たちの子息が次々と頼素の麾下に入った。旗色を伺うように城下で息を殺していた彼らを、頼素が夜陰に乗じて一人一人説得しては切り崩したのである。中には親に逆らう事ができずに城へ入る決断をした者もいるが、かといって頼素に刃を向ける事はなかった。
工作に走る中で、人望があると思っていた照素が裏では傲慢な一面を見せて頼素の廃嫡を狙っていた証が出てきて、頼素を失望させたこともあった。
正当な正室腹の嫡子であり、血筋の良さならではの鷹揚さを持つ頼素に、身内以外で叛意を抱くものが然程いなかったのは嬉しい誤算と言えるが、それは武将としての器量を認めてのことではない事は、頼素自身がよく承知をしていた。
「皆の者、よう集まってくれた。頼素は正当な嫡子、我が息にして四津寺家の血筋でもある。由緒ある稲川を継ぐのは断じて親雅ではない。器量に優れた頼素殿以外に、稲川の当主は有り得ぬ。然様肝に銘じよ」
賤機山城の大広間に集まった若い武将らに気を良くした頼将正室・多喜は、揚々と大演説を繰り広げた。隣に座していた頼素は、母の演説を鼻白む表情でどこか小馬鹿にしたように聞いている若い家中をじっと観察していた。
「母上、後はお任せを」
「頼素殿、わらわはまだ……」
興奮冷めやらずに尚も演説を続けようとする多喜を制し、腰元に命じて下がらせた。
弛緩した空気が流れていた。所詮母親の後ろ盾なくば内乱も収められぬとは、とんだ目擦りであったと、心の声が聞こえるようであった。
「思い違いをされては困るが……そなたらの父や兄の多くが城に籠っておる。私は父が認めた正嫡であるゆえ、城の連中は言わば謀反人である。その方らがここで働きをいたさば禄は安堵、これまでの家格を認めようが……働かぬというなら今ここで成敗いたす」
頼素は大音声を上げ、刀を抜いた。大広間に緊張が走り、傍らでは且将が息を呑んで見守っている。
「じゃが、そのような卑怯未練な者はいないと信じておる。ここにおるのは正当な駿河武者、紛うことなき武辺者ばかりであろう」
おお、と若い咆哮で大広間が揺れた。
頼素を大将とする若い軍勢は、よく統率されたまま城下を進み、瞬く間に城を取り囲んだ。頼素は生まれ育った城だけに瞬く間に水源、兵糧、武具の類の一切を断ち、城内に埋伏させておいた腹心の配下と呼応して、主だった下人や奥女中など意思に関係なく城に足止めされていた者達を外へ逃がした。すると多くの足軽達まで逃げ出し、城内は総崩れとなった。生前の頼将が多くの者に慕われていたことの現れであり、元来人望のなかった親雅はすぐに行き詰まった。そして頼素が城を囲んでたったの5日後に、鞍替えを目論んだ老臣たちに殺害された。頼素の突き崩し策は功を奏し、城下や城内も然程に消失する事なく城を奪取することができた。
親雅に与した老臣達は皆切腹。但し、連座は許し、頼素の元に馳せ参じた息子達には所領を安堵し、素早い論功勲章が行われた。
頼素はすぐさま大叔父にあたる全徳寺住職・庵原秋斎を甲斐・信濃を治める名族高田玄道の元へ走らせた。
庵原秋斎は頼将の父・頼隆の末弟であり、早くから僧籍にあって家督相続とは縁遠い暮らしをしていたが、頼将が異腹の兄と家督を争った際にその際立った手腕を発揮して頼将を当主の座に据えた。頼将の叔父といっても5歳ほどしか年が違わず、未だ48才という若さであった。
秋斎はその外交手腕を見事に発揮し、かつて油井家から離縁されて尼僧の如く全てを諦めていた依姫を頼素の正室に、頼素の異母姉・都夜姫を相模の南條実政の嫡男実俊の正室に、更に実政の三女・乃生姫を高田玄道嫡男である隆信に嫁がせるという、三国のそれぞれぞれの守護大名を一気に婚姻にて結びつけるという離れ業をしてのけたのである。
背後の憂いを除くことのできた頼素が駿河と遠江の領内の体制を整え、十分な軍備を整えることができるまでには、あと二年近い年月を要することとなる。
1579年夏。将康は岡崎城下外れの小さな寺で、石塔の前に跪いていた。ここには一年前に死んだ安佐と宣将の首が眠っている。
「葛か」
手を合わせたままの将康の横から、色鮮やかな野花が差し出された。
「若からにございます」
まだ夏の盛りではあるが、山間にはこのような野花が咲いているのかと、将康は優しげな表情で花を愛でた。
「周忌の法要とてしてやれなんだわ」
「安佐様と宣将様は、おいたわしいことでございました」
「結局は、この二人を無駄死にさせてしもうた。命と引き換えに守ったはずの大高城と鳴海城には、宗近殿の腹心が代官として入っておる。実質は織田島のものじゃ」
「しかしながら、田原、渥美の港は死守されました」
野花を石塔に備え、将康は立ち上がった。振り向くとそこには艶やかな美女が跪いており、思わず将康は息を呑んでその美しさに目を奪われた。
長い髪を背中でくるりと輪を象るように巻いて垂らし、耳元には野花が一輪飾られている。出で立ちこそ近隣の国衆の女房のようであるが、それだけに葛本来の艶やかさが際立っていた。
「これが誠に、宗冬を守ってたった一人で織田島の追っ手を斬り抜けた人物とはのう」
「あの折は藤森の仲間もおりましたゆえ」
将康は葛を立たせ、庫裏にと誘った。
味気のない質素な庫裏ではあるが、続き間が茶室のような設えになっており、将康は自ら茶を点てて振る舞った。
京仕込みの見事な所作で飲み干す葛の横顔を、将康は眼福とでも言うかのように見つめていた。
「そのようにじっと見つめられては……」
「いや、何やら以前より色香が増したように思うでな」
「ご冗談を」
からからと笑い、将康は茶器を受け取った。
「あの清洲の城で儂は死ぬだろうと思ったが、頼素めが存外手早い動きをしてくれたでな、こうして首が繋がっておる」
稲川から届いた安佐と宣将の首を抱いて、石川一貴の僅かな兵だけを連れて将康は自ら岐阜城へ向かった。まだ辛うじて影響下にあった鳴海と大高の両城に備えを固めさせ、渥美の田原一統に清洲間近まで軍船を回らせ、万全に背後を固めた上である。
先に首を差し出されては宗近も何も言えず、また信濃の高田が稲川と結んだ事で美濃の固めにまたぞろ神経をすり減らさなくてはならず、奥川を潰すどころではなくなったのであった。
「あの頼素に、あそこまでの行動ができるとは、意外であった」
「阿呆にしか見えませなんだが」
口元に手を当て、葛が女声で笑った。
「宗冬は息災のようじゃの」
「陰ながらお見守りを頂いておりますこと、主に成り代わり篤く御礼を申しげます」
「掌中の珠であるからの。それより清洲からの道行き、さぞ難儀であったろう」
それはもう、と目に些かの怒りを込めて微笑むと、将康がおどけたように肩をすくめた。
「岐阜城の哨戒兵と遭遇し、止む無く斬り抜けました。最早織田島家中に宗冬様と言うご嫡男がおわすことは忘れられている由。今は力丸様が宗良様と名を改められ、実質のご嫡子とおなりに。最早公家のお血筋もあの殿には無用。宗冬様もこの度のことでいよいよ織田島との決別を心に定められたご様子にございます」
「人質生活が長いと、家中にはもはや馴染めぬ。伊達に他家を知る故、嫌なところばかりが目に付くしのう。儂はまだ、人質から解放された頃は祖母も母も存命であった故、かえって家中を纏めることもできた。酷いことよのう」
「若は、そのようにお心を砕いてくださる将康様を、心の父と慕うておられます」
ふと将康の隣に詰め寄るようにして膝を崩した葛が、そっと将康の膝に手を置いた。
「いつか必ず将康様のお側に参ると、言伝かっておりまする」
しなだれかかる葛の白い頸に、将康がゴクリと固唾を呑んだ。前合わせの奥に手を滑らせて本当は女なのではと確かめたい衝動に駆られた時、外で枝折戸が開けられる物音がした。慌てて居住まいを正し、葛は辞儀をしてその場から立ち去っていった。
寺の外では軽衫姿の碤三が頬を膨らませて立っていた。
いよいよ将康に身を任せるのではないかと焦った碤三が、わざと大きな音を立てて枝折戸を蹴飛ばしたのであった。
「おまえさぁ、最近その手を使いすぎじゃねぇの」
「んん、そうかな」
ペロリと舌を出して、葛は碤三の腕に巻き付くようにして体ごと密着した。
「妬いたか」
「馬ッ鹿じゃねぇの。お役目だって承知の上だぜ」
「ふうん」
小娘のように笑って、葛は跳ねるように碤三の前を歩いていった。
夫婦とはこういうものかなどと、きっと自分の鼻の下がひどく伸びた間抜け面になっている事を自覚する思いで、碤三は葛の背中を見守った。
「あれが宗冬の事となると、鬼の形相になって決して斬り負けないんだから、俺の奥方様は恐ろしい限りだ」
そう呟く碤三の眼前では、葛が歩きながら瞬く間に髪を結い上げ、女房の小袖を裏返して墨染めの軽衫姿に替えていた。
「今日の夕餉は、若に猪肉を差し上げたい。手伝え」
うって変わった男声でそう言われ、碤三は立ち止まって天を仰いだ。
実は三人は、岡崎城から山間に奥深く入り込んだ、あの白糸の滝の側で庵を結んでいた。
一年前のあの清洲城脱出の折、まずは藤森の里を目指そうとしたが、織田島の兵が街道や山間の間道まで、蟻の這い出る隙も無い程に固めていた。仕方なく、一旦美濃を北上して岐阜城の北を迂回するようにして、奥川へと目が向いている宗近の背後を駆け抜けた。岐阜城の側を駆け抜ける際、宗冬の弟・力丸改メ宗良が率いる一隊と遭遇した。しかし宗冬は将康の立場を慮って咄嗟に織田島と敵対する国衆を名乗り、葛の制止を振り切るようにして刀を抜いた。その時、宗冬ははっきりと織田島と決別したのであった。
「おおい、着い……」
二人が馬の背に食料をたっぷり乗せて白糸の滝の少し下流の河原に降り立ち、滝壺で馬を洗っているであろう半裸の若者に声をかけようとした碤三の口を、葛が塞いだ。
二人がじっと見つめる向こう、半裸の若者に向かって水音を立てて若い娘が滝壺に入ってくるなり、その若者の胸に飛び込んだ。
「何だ、お紘坊がいたのか」
若者は、16になり益々体つきが逞しく成長した宗冬である。髪はまだ髷を結い上げる程ではないが、頸のあたりで一つに纏められるくらいには伸びていた。碤三と葛を相手に修行を怠らず、時折は京の三条橋家へ出かけたり、藤森衆を率いて東海の状況を探りにも出かけている。遠江の稲川領を抜けるようにして喜井谷にも時々出かけていた。今、胸の中にしっかりと抱きしめている少女は、喜井谷からの帰りに山賊に襲われて擦り傷を作った蒼風の手当てをしてくれた伝馬の少女、紘である。東海の山中では、度重なる戦で主家を失い、働き口を失って盗賊化した浪人達が街道を荒らし回っていた。紘の父は駿府と渥美半島を結ぶ輸送組織である伝馬の長であった。馬の扱いに長け、中には軍馬として育てた馬を大名に提供して大金を稼いでいるものもある。紘の父もそうした一人で、将康に若い軍馬を収めた帰り、街道で襲撃されたのであった。
たまたま山間を走っていて紘の絶叫を聞きつけた宗冬が街道に躍り出て盗賊一味を殲滅したものの、紘の父は亡くなり、紘も既に盗賊に穢されていた。
父を懇ろに葬った紘は、蒼風が盗賊どもの矢が掠って怪我しているのを見つけ、一心不乱に手当てをしたのだという。己が襤褸を纏っただけのような酷い姿であるのも関わらず、仲間の遺骸から取り出した膏薬を塗り、熱を出さぬよう夜通し看病する姿に心を奪われた宗冬が、行き場のない紘を連れ帰ってきてからもう三月余りが経っている。
早熟な街娘である紘は、ここにきた晩にはもう宗冬と体を重ねていた。穢れを払うかのように、二人は滝壺の中で睦みあった。初めて女の体に触れた筈の宗冬だが、紘に導かれるまま、男となったのであった。
葛は、交わる二人の姿に激昂し、宗冬の体の秘密を知られる前に紘を斬るべく刀を抜こうとしたが、碤三がそれを止めた。食い下がる葛を抱きかかえるようにして、碤三は杣小屋へ引っ張っていった。
「お前に甘えていたガキが、いつの間にか立派な男になったな」
まるで息子を取られたかのような喪失感で一人焚き火の前に座る葛を、背中から抱いた。
「やっとわかったよ、お前が俺を拒み続けていた理由」
答えぬ代わりに、葛の目尻から涙がこぼれ落ちた。
「あいつは男になる道を選んだ。ちゃあんと、男になった。人質暮らしの中でいつ誇りを穢されてもおかしくなかった弱っちい美童が、逞しい男になったじゃねぇか」
「ああ、そうだな」
「男になる道を選ばなかったとしたら、おまえが女にしてやるつもりだったのか」
耳元で囁く碤三を振り返り、葛は胸ぐらを掴んだ。
「無礼を申すな。私は……若が誰とも繋がることができぬのなら、私も、誰とも繋がらぬ、誰とも契らぬ、私だけが温もりの中で眠ったりはせぬ、そう決めていた」
「でも、あいつはもう、温もりを知ったんだ。お前のそんな母のような温もりも、父のような温もりも、勿論あいつはちゃんとわかっている」
だから、と碤三は葛の拳をそっと解いた。
「おまえも、俺の温もりを知ってくれよ」
「碤三……承知とは思うが、私は、男だぞ」
「まぁ、乳好きとしてはそこだけがなぁ」
「乳……このド阿呆っ」
「でも、嫌いじゃ無えだろ、俺の事」
グッと唇を噛んで葛が上目遣いに見つめる。その表情はまるで初な小娘のようである。
「嫌いじゃ、ない」
「ほらな。今までだって、本当は抱いて欲しいって顔に書いてあったぜ」
「し、知らん」
散々女を装いその色香を利用して方々の男たちを籠絡してきた葛が、頰を赤らめて俯く様は何とも初々しかった。体の芯に火がついたような、こみ上げてくる熱に逆らうことなく、碤三は葛の細い頸に口付けをした。最早葛も逆らわず、碤三の腕の中で向き直り、熱い胸板にうっとりと頰を預け、背中に両手を回した。
「夫婦に、なろう。ずっとそう願ってきた」
「だが、私は穢れきっている。知っているだろう」
「ああ。おまえが本当は綺麗な体だってことを、俺はちゃんと知っている」
「でも、お頭に……」
「あれは違う。お頭が抱いていたのはお前の中のお前の母ちゃんだ。おまえじゃない」
そんな馬鹿な話、と、なおも食い下がる葛の唇を塞ぎ、碤三は力任せに横たえた。
飽くことなく何度と重ね合った後、葛は月明かりの滝壺に身を沈めていた。いくら冷やしても冷やしても、あの熱が消えることはない。碤三の匂いがまだ全身を包んでいる。これが、誰かと契るという事なのだと、少し気怠さも残る己の体を抱きしめた。
あくまで優しく、碤三は葛と一つになった。どんなに拒まれても焦らされても決して葛を一人にしなかった碤三の優しさが、この全身に注ぎ込まれた。
どうしようもなく愛しいと、葛は咽び泣いた……。
滝壺で抱き合う二人を見つめながら、三ヶ月前の初めての契りを思い起こしているかのような葛の上気した頰に、碤三が口付けた。
「よっぽどおまえの方が生娘みてえだぜ」
「か、からかうな」
「可愛いって言ってんのに」
「こんな年増男に可愛いだなんて、馬鹿っ」
「と、年増男て……」
呆気にとられる碤三を放って、葛は杣小屋へと歩き出した。
宗冬と碤三が猪肉を焼いている間に、葛は紘と河原で野菜を洗った。そろそろ米も炊ける頃である。
「姉さん」
何度葛が男だと説明しても、紘は姉さんと呼んだ。
「今日はちょっと麦が多いが、致し方あるまい」
「飯の事じゃないよ……宗冬様だけどさ」
手元の野菜をざるに上げて水を切り、紘が口籠った。
「いつかはお大名にお戻りになるんだよね」
「無論だ。その日の為にこうして忍んでおられる」
「そしたらさ、あたしは……」
紘が無意識に腹に手を置いた。葛は固唾を呑んで次の言葉を待った。
「わかってるんだ、身分が違いすぎるし、あたしは一時の慰み者でしかないんだって」
「埒もないことを」
「喜井谷の直獅郎様は、亡くなった従兄が農婦に産ませていた子供を養子になさったと聞いたよ。だから……」
「まさか、おまえ」
喜ぶというよりは、不安で今にも泣き出しそうな表情で紘が頷いた。
「あたしが生んだ子はどうなるの、宗冬様は……何て言うだろう」
わかりきった事だ。宗冬なら、自分の体が子を成せると知って驚き、歓喜し、何を置いても守ろうとするだろう。だが、宗冬が再び戦国の荒波に身を置かねばならぬ時、子の存在は必ず邪魔になる。ましてや伝馬の、早熟な街娘が産んだ子である。本当に宗冬の胤かも分からぬ。
逡巡する葛であったが、飛来物が空を切る気配を察し、咄嗟に紘を庇って身を伏せた。
「な、なに」
「騒ぐな」
驚いて体を起こした紘の頭を尚も押さえつけ、身を低くしたまま紘を抱きかかえるように大岩の陰に逃れた。その足元に、さらに二矢が突き刺さった。確実に狙いを定めて放ってきているが、その腕はまだ未熟さを感じさせた。
「身を低くしたまま、その岩場を駆け上って杣小屋に行け」
「姉さんは」
「言う通りにしろ、一応これでも玄人だ」
紘を安堵させるように微笑み、葛はその背中を押した。流石に伝馬の娘である、軽々と岩場を駆け上がり、瞬く間に森の中に姿を消した。
「さて、な」
台所仕事と言っても何時襲撃されるかわからない。この河原にはそこ彼処に仕掛けがしてあった。
大岩の陰で石ころ手でかき分けると、鹿皮に包まれた弓矢一式が現れた。
弓を引き絞ったまま、足で小石を河原へと蹴り飛ばすと、すぐに対岸の森の中から矢が飛来した。敵の位置をおおよそ測り、立て続けに三本矢を放ち、葛は弓を捨てて駆け出した。
密やかであった対岸に、葛の矢を受けて混乱が生じていた。
「愚か者、我に構うな、女を早う仕留めろ」
甲高い声で喚く若い侍の腕からは血が滴っている。当たりはせずとも、掠って皮膚を裂くには十分であった。悠々と木々の上から手応えを確かめていた葛は、共侍達が右往左往するその背後にひらり舞い降りては仕留め、素早く木の枝に飛び退き、再び音もなく舞い降りては仕留め、瞬く間に若侍を孤立無援にした。
「織田島家中には、腕の立つ武士はおりませなんだか」
血振りをくれながら、葛はゆったりと若侍に近寄った。若侍が怖気付いたように後ずさり、丁度月明かりが差し込む場所に立った。その顔を見て、葛はやはりと呟いた。
「往生際が悪いですね、あれ程完膚なきまでに叩きのめされておきながら、またぞろこのように手際の悪いことをなされるとは、力丸様」
「そ、その名で呼ぶな! 我は、我は宗良じゃ、織田島の嫡子ぞ」
迫る葛の前で無様に尻餅をつき、泣きながら失禁しているのは、宗冬の異母弟で宗近の三男力丸こと宗良である。母は滝王丸と同じく小牧の方。美濃守護の家柄の出である明野姫が我が子を嫡子とするべく正室然として振舞っている為、小牧の方は肩身の狭い思いをしているという。しかも先の奥川将康と宗近の対面の折、宗良は岐阜城周辺の哨戒を任されていながら城の鼻先を敵対する国衆に扮した葛達にまんまと横切られ、母子共々宗近の激しい怒りを買っていた。
後ろ手に縛り上げられたまま、宗良は杣小屋で宗冬と対面した。
「将康めは、兄上が髷を置いて出奔したと申しておったがその実、逃したは当の将康であろう。こうなれば父上が将康を懲らしめるだけじゃ」
初めての兄との対面もそこそこに喚き散らす宗良を見て、葛ら一同が顔を見合わせて溜息をついた。
「こいつ、阿呆だな」
「そう言うてくれるな。力丸はまだ13じゃ、子供じゃ」
「はて。若は13であの稲川照素を討ち取られたのでは」
葛の言葉に碤三がしみじみと頷いた。
「それも一騎打ちだもんな。度肝抜いたぜ」
「嬉しいのう、碤三が初めて私を褒めてくれたな」
まるで家族のように笑顔を交わす4人の様子に、宗良は言葉を継ぐことを諦め、昏い顔で俯いた。
宗冬が、そんな弟の顔を覗き込むかのように、宗良の向かいに座った。
「父上のことだ、思った働きをせぬでは叱られるであろう」
「若、同情はご無用に」
「初めて会うたと言えど、弟は弟じゃ。のう宗良、私が今更織田島家に戻ったとて従う者などおらぬ。私など、お前の相手ではないのだ」
「違う! 」
宥める宗冬の言葉に、宗良が激高するかのように噛み付いた。
「今更ながらに父上は兄上の御器量を惜しんでおられる。我など眼中にないのだ、宗冬がおれば奥川も稲川も敵ではないと、我が目の前にいると言うのに……たまたま岡崎への使いの帰り道、馬を休ませようとこの河原に立ち寄ったら、その女が兄上の名を」
「あ、あたし」
ごめんね宗冬と詫びる紘の頭を、宗冬は優しく撫でた。
「耳を疑ったが、もし本当ならと……女二人を生け捕りにして、この辺りを探っていれば兄上をおびき寄せられるかと」
「女、ふたり」
葛は思わず自分の姿を確かめた。地味な小袖に軽衫、ありきたりな町人の姿である。あの岐阜城で戦った時とは確かに出で立ちは大分違うものの、自分をあの折の頭目だと認識して襲ったわけではなかったのかと、改めて葛は宗良の短絡的な頭の回路を哀れんだ。
「そりゃそうだよ、どんな襤褸来てたって、姉さんの美貌は隠しようがないもん」
「同感じゃ」
「男の姿していても女に見えるんだから、やべえよな」
腰に回してきた碤三の手をギュッと抓り、葛は宗良の鼻先に切っ先を向けた。
「確かにあなたを放免したとて、織田島が脅威を増すことはなさそうだ」
かすかに刃先を揺らし、葛が戒めを解いた。
「どこへなりと、行かれるが良い」
「お、おのれ、馬鹿にしおって、今に目に物をみせてくれるわ」
声をひっくり返しながら憎まれ口を叩き、宗良は杣小屋からよろよろと出て行った。
「無事に帰れるだろうか」
微かな血の繋がりを確かめただけだというのに、宗冬はそんな人の良いことを言って全員の怒声を浴びた。
「途中で死んだって構いやしないよ、あんな唐変木」
「若は人がよろしいにも程がございますぞ」
「ま、そこがこの小童の良いところなんじゃねぇの」
「こ、小童ではない! 」
思わず反論してしまってから、宗冬は何かを言いたそうに上目遣いで葛を見つめた。
「いけませんよ、そんな可愛らしいお顔をしても」
「葛、そこを何とかならぬか」
「いけませぬ」
と言いながらも、葛がどう対処しようかを既に算段し始めていることは、長い付き合いで良く解っている宗冬は、是と言葉にはしていない葛めがけて抱きついた。
「やっぱり葛じゃ、私の姉上様じゃ」
「まだ何も申しておりませんというのに」
仕方のない若君だとばかりに、葛がまんざらでもない様子で宗冬の逞しい背中を撫でていると、藤森衆の伝令役を務めている兵衛が飛び込んできた。まるで猿のような袖無しの毛皮に短袴という姿である。
「頭、取り急ぎ申し上げます……高田玄道が死にました。卒中です」
「何だと」
「それが、影武者を使って三ヶ月はその死を隠蔽していたようですが、嫡子隆信と四男治信の間で家督争いが起きた事で知れるところとなりました」
「治信を担ぐ理由がわからぬが……そうか、織田島の殿の仕掛けか」
治信の母は明智家の出であった。かつて西道義廉と手を組んで土岐家と手切となっていた明智家は、義廉の末弟による謀反に引き摺り込まれ、小大名としての対面も失って没落していた。しかしただ一人明智直系の男子である明智宗兵衛という男が、謀反を鎮めたもののかつての力を失った義廉から袂を分かち、明野姫の強い推挙もあって、織田島家家臣として異能を発揮していた。
明野姫のかつての婚家であり、明野姫の生母が明智の一族であることも、宗近は宗兵衛を通じて最大限に利用していた。治信が隆信より戦功が多い事もあり、宗兵衛の見事な策にまんまと高田の血気盛んな家臣たちは嵌められたのである。
「決着は」
「隆信は治信を斬りました。治信に連座して、生母の湖瀬の方も。お二人の首級が柘榴館の門前に晒されているのを俺がこの目で確かめてきました」
「痛ましいことを……しかし隆信も存外思慮に欠ける男だな。兵衛、忙しくなるぞ」
葛は兵衛に里での戦仕度と、各大名家に忍ばせている者達との繋ぎ役に新たに数人の名を挙げた。
「単独では決して動くなと伝えよ」
「承知」
兵衛を見送りながら、葛は長い髪をくるくると巻き上げて簪で止めた。奥の行李からあれこれ取り出すなり、瞬く間に旅の瞽女姿に変わった。
「碤三、お紘坊を藤森の里に送ってやってくれ」
「承知」
ここはもう、頭と小頭という力関係に逆らうべくもない。碤三も直ぐに両刀を手挟み、身に着ける装備を精査し始めた。
「若、宗良様をお送り致しましょう。但し、岐阜ではございませぬ」
「もしや、岡崎か」
大きく頷き、葛は同じく瞽女の衣装を差し出した。
「織田島は高田攻めに際し、必ず奥川殿に援軍を出すよう命じてくるでしょう。宗良を人質に将康様にお預けになり、あなた様が軍を率いて出陣為されよ」
「私が、奥川軍としてか」
「隙あらば、殿を討って家督を奪取なされませ。叶わずとも、殿に一泡吹かせてやりなされ。これまでの忍従を、矢弾で突きつけて差し上げるのです」
援軍のふりをして合流し、あわよくば父を討つ……荒唐無稽だと解っていながら、これまでの辛苦を、母の無念を、あの冷淡な父にぶつけてやりたいと宗冬は心から願った。
「面白い、武将としての私を見ていただこう」
宗冬は、不安げに成り行きを見つめたまま言葉も出せずにいる紘を抱き寄せた。
「怖がらせてすまぬ。どうか里で待っていておくれ、必ず、必ず迎えに行くから」
闘志を宿して紘を抱きしめる宗冬の背中を、碤三が力を注ぐかのように思い切り叩いた。
「紘の事は心配いらん。暴れてこい、小童」
その後間もなく、二人の瞽女が岡崎領の山中で途方に暮れる力丸と合流したのであった。
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