目の先、宙に浮かぶ

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 天使は(たず)ねる。  狼狽(うろた)える理由が、わからなかった。 「おお、神よ。あなたほどのお方が、どうしてこんなに……」  天使は気が気ではない。  神が狼狽えるということは、とてつもない何かが起こっているということ。天使はそう思い、身構える。狼狽はおろか、神が困惑している姿すら天使は今まで見たことがない。天使が神の側近となってまだ日は浅いが、少なくとも天使の知る神は常に落ち着き払い、尊厳に満ち、威厳を具現化したような存在だったのだ。  にも関わらず、今、目の前にいる神は、その尊厳をシラミでも振り払うかのように長い白髪をかきむしり、天使には届かないような小声でしきりに何かを呟き、両の足が交互に地面を離れている。どう見ても取り乱しながら地団駄を踏んでいた。静寂で厳格であるべき神の間に、神の足が刻む小気味の悪いビートと呪文のような不気味な小声だけが響いている。  悪い予感が天使に走った。  ――これはとてつもなくマズいことが起きている。我々、あるいは我々が守護すべき人類にとって良くない何かが……  天使はそう直感し、再度身構える。  ――もしかしたら、ついに終末が来たのか。  天使は不安でたまらない。  天使が来るべく災悪に対し身を引き締めていると、神は暫く間を置き、答える。 「コンタクトレンズが目の裏に入った……」  思った以上に大惨事だった。
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