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さりさりさりさり…薄く削られた氷が容器の上に降りかかる。山ができたら一度軽く押さえてから、シロップを掛けてまた雪を降らせる。容器から外れた氷は腕にのり、すぐに体温に溶かされていく。真っ青なシロップを惜しみなくかけ、重たい練乳でくるくると筋を付けスプーンを二つ刺す。
「お待たせしました」
「ありがとう、高俊が喜ぶよ。君も来てくれればもっと楽しいだろうな」
高俊って誰? と思う間もなく腕が伸びてきて、遊びに行こうとでもいうように手を取られた。目の前がぱあっと明るくなり、雲の縁をくっきりと際立たせる真っ青な空と、強い日差しが広がった。真夏の光で体を震わせるような、濃い緑の葉を茂らせた枝。目の前に水面が近づいて、懐かしさとほの暗い冷たさが僕を包んでいく。
(おまえだれ? きちゃだめだ)
(友達がいると楽しいだろう?)
(だめだよ、おれはひとりでもへいきだから)
近くて遠い声、プールの中で話してるみたいだ。ごぷごぷごぷ、というくぐもった水音に耳がふさがれる。
(やめろ。おい、おまえははやくかえれ)
強く揺さぶられて、視界が泡立っていく。もしかして、これが高俊なのだろうか。
「おーい、清太郎。レジの使い方は分かるか?」
じいちゃんの声が聞こえた途端、身体がぐっと引っ張られた。気が付くとさっきいた場所に立っていた。胸が苦しい。ドキドキする心臓に手を当てて、短く息を吸い込んだ。
男はもうそこにいなかった。さっきまで手の中にあったかき氷も消えていた。
「じいちゃーん。今来た人、お代もらう前に消えちゃって」
「食い逃げか、今時珍しいな」
のっそりと店に出てきたじいちゃんは、息を吸い込んであたりを見回し、ゆっくりと頷いた。
「いいんだよ、戸を閉めな」
開けっ放しになっていた戸を閉めながら、そういえばここには暖簾なんてなかったことを思い出した。それに、風鈴だって下げてない。
「今年も来たんだな、何か言ってたか?」
「ブルーハワイに練乳掛け頼んで、あと高俊が喜ぶって」
じいちゃんは、「そうか」とだけ言って、いぶかしむ僕の頭を皺だらけの手で撫でた。
「後でお参りに行こうか」
さみしそうな笑顔に僕はそれ以上何も聞くことはできなかった。
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