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夏はいつも、ずるずると裾を引きずるように遠ざかる。まるで終わりを迎えるのが我慢ならないとでもいうように。
枝を振り回しながら高ちゃんが先を歩いていた。その背に追いつきたいのにどうしても追いつけない。近づいても近づいても、すぐに距離がひらいていく。次第に息が上がって、身体が重くなっていく。少し駆け足になって距離を縮めても、高ちゃんは先を行く。待ってと言おうとしても声が出ない。咳をしても、いつもなら「どうした?」って振り返ってくれるはずの背中が遠ざかっていく。足がもつれて立ち止まってしまった。上下する胸を押さえながら汗をぬぐう俺の目に、高ちゃんが振り返るのが見えた。
「俺、行かなきゃ。昭夫は元気でな」
どこへ? ついて言っちゃだめなの? 遮るもののない真夏の白い光に包まれて、輪郭を失っていく。だめだよ、行ったら。僕には高ちゃんが必要なのに。おじさん、おばさんにそう言ったらあの話はなしになるのかな。それとも、願いを叶えてくれると言った誰かにお願いすればよかったんだろうか。
手を伸ばしてもそこから先はもう何もなかった。
***
気が付いたら病院だった。ひどい肺炎を起こして長い間入院させられた。
あの日、通りすがりの人によると、高ちゃんは服を着たまま何か叫んで突然橋から飛び込んだらしい。慌てて橋の上から覗き込んだけれど、浮かんでくる様子がない。すぐに大人たちが集まって探したが、見つかったのは俺一人だった。
熱も下がって咳も落ち着き、退院するころには季節はすっかり変わっていた。
静かな秋の風景の中に、高ちゃんはいなかった。
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