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プロローグ
田舎に引っ越してきて初めての夏休み。毎日のように友達と遊んでいたところに、「お盆くらいは遠慮しなさい」と釘を刺された。隙あらばお使いを言いつけられそうな気配を感じた僕は、「手伝いしてくる」と遠縁のじいちゃんのやっている小さなお店に避難することにした。
古い引き戸を引く音と共に風が入ってきた。読んでいた漫画雑誌から顔を上げると、水面を渡る風のような声がした。
「ごめん下さい。よかった、今年もやってるね」
片手で暖簾を分けながら、背の高い男の人がこちらを見て微笑んだ。
「…あ! いらっしゃい。どうぞ!」
男はそこから動かずに、首を軽く横に振った。それに応えるようにチン、チリンと風鈴がなる。
「持って帰るから。ええと、ぶるーはわいに、練乳かけて」
文化祭の衣装のような不思議な服がたゆたっている。薄い色の髪が逆光をはじいていた。微かな水の匂いが鼻をくすぐった。まっすぐにこちらを見る瞳が、掴めそうで掴めない川底の石みたいだ。軽く首を傾げられて、彼をずっと見つめていたことに気が付いた。
「すいません、すぐ作ります!」
慌てて手を洗い、氷を準備する。
「清太郎、お客さん?」
奥の間で高校野球の中継を聞いていたじいちゃんの声がした。
「うん、かき氷。僕がやるからいいよ!」
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