高ちゃんと俺

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高ちゃんと俺

今年の夏も暑かった。去年も、その前も、当たり前のように。来年も、再来年も同じ夏が来るって思っていた。 梅雨が明けてからは、野菜どころか雑草まで元気に生い茂るせいで農家は忙しい。子どもだって手伝うことは山ほどあって、夏休みはとにかくやることが多かった。 小さな盆地を蛇行する川を田んぼや畑がくまなく縁取る風景が広がっている。その中に集落が点在し、雨が降ると水たまりだらけになる道で繋がっていた。どの道をたどってもどこかで川を渡らなければならない。それが俺の生まれ育った場所だった。 川にかかる一番大きな橋の近くにはお店が並んでいた。その向こうに小学校と中学校、役場や郵便局があった。川を中心に生活し、橋を中心に人々が往来していた。 中学に上がって初めての夏休み、年上の従兄にみてもらって宿題を済ませた後は、暇を見つけては幼馴染の高ちゃんと連れ立って出かけていた。高俊、なんて立派な名前があるけれど昔から俺にとって高ちゃんは高ちゃんで、特に何をするでもなく一緒に過ごす相手だった。 高ちゃんは、あらゆる面で俺とは違っていた。一学年上で、何でもそつなくこなす癖に、威張ることなく周りを気づかう高ちゃんに比べ、不器用なくせに変に我の強い俺。似たところなんてまったくないのに、いつも隣にいてくれた。 「昭夫、遊びに行こう」と表から声がする。部屋の片づけを途中で放り出して一階に降りていく。 台所の机の上には大きなせいろの中に竹の皮にくるまれた白い饅頭が並べられていた。お店の売り物を冷ましている途中だ。部屋中に餡子の匂いがして口の中に涎が出てきた。手を伸ばしつつ、奥で鍋を洗っていた母親に一言断った。 「この饅頭もらっていい? 高ちゃんの分も」 うちから少し離れた所にある店は、農業の片手間に母とその友人が営んでいた。近所の人がおやつを食べながら休憩したり、学校から帰る途中に子どもが学用品を買ったりできる、簡単に言えば雑多な店だった。軒先には、『盛田屋』の名前を染め入れた暖簾が下がっている。でも、このあたりの子供はみんな、その横に吊り下げていた風鈴を見て、『風鈴屋』と呼んでいた。 「ちょっと、売り物よ」と文句を言いながらも、俺の面倒を見てくれる高ちゃんには甘かった。
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