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 左手は大錫杖を構えたまま右手指で印を素早く結ぶと、掌を右の灯篭へと伸ばした。  止めることなく、左へと払う。  すると、信重の手の動きに追従し、左右の灯篭が惹かれ合うように飛んだ。  (あいだ)に立っていた愛夜叉を挟み、灯篭は粉々に吹き飛んだ。  砂煙が散っていくと、姿勢も、表情も変わっていない愛夜叉が、何事も無かったかのように立っていた。   「浮遊術か。晴明ほどではないが、腕は立つようだな」 「実態が無いのか……?」信重は呟く。 「呪術を纏った法具でなければ、私に触れることはできぬぞ。法具が当てられればの話だが、クク」  信重は、悲しみに満ちた声で、寧々に語りかけた。 「寧々。私が未熟故、このような結末になってしまったことを許してくれ」    精気を感じない彼女の瞳は、まるで人形(にんぎょう)のよう。  普段はしおらしく、武術など無縁の寧々が、両手に刀剣を握り佇んでいる。彼女からもはや、人の気は感じられなかった。  信重の愛した寧々はもういない。目の前の美しい娘は、寧々の皮を被った、妖怪だ。  信重の焦点は寧々に置かれていたが、視線の先は寧々よりも後ろでほくそ笑む、愛夜叉を捉えていた。   「愛夜叉といったな。ぬしは、絶対に許さない!」 「どう許さないというのだ? 我に敵う存在は、神ですらおらぬが」    着物の袖を掴み、口元へ添えた愛夜叉は、肩を揺らした。   「もしも叶わぬ戦いだとしても、ぬしを倒すまでは、何度でも輪廻転生を繰り返し挑むでのう」    この言葉に業を煮やした愛夜叉は、瞼を半分落とし、低く下げた声でこう言い返した。   「ほぉう。面白い。ではその度に、貴様の目の前で、我は寧々の生まれ変わりを食らおうではないか。貴様のその宣言に、未来永劫、(そぼ)を噛むと良い」
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