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信は、あっと言う間に穴の中へ引きずり込まれてしまった。
先輩は、印を結ぼうと構えたが間に合わなかった。
遠くで、耳鳴りのように甲高い小さな音が横切る。
————信は、老人の脇にしゃがみ、声を掛けた。が、すぐに立ち上がると仏壇のあったほうへ身体を向け、刀剣を構えた。
すると、黒い穴から太い触手が伸び、二人に襲い掛かった。湿り気のある皮膚は軟質で、なんとも不快で、まるでミミズのようだった。
部屋の入り口にいた先輩は、瞬時に反応し、刀剣で触手を切り落とす。
信は、咄嗟にかわした。
すぐに二本目、三本目と伸びてくる。
次から次へと襲ってくる触手を、二人は切り落としかわしていった。
「弐可部、いいぞ」
「はい!」
「初めから攻撃が分かっていたようだが、時飛びは、未来が見えるのか?」
「違うんす。俺、一回こいつに食われました。時飛びで一分前の過去に戻ったんす」
「ややこしいな」
先輩の活躍で妖怪退治はことなきを得た。俺は結局、自分の身を守るのに精いっぱいだった。
「まあ、これからだ、弐可部くん。気を落とすなよ」
「はい! 頑張ります!」
まあ、こんな感じで仕事にも慣れてきた俺だったのだが、秋口には正社員として就職することができた。杏華ちゃんとの中も密かに進展し、そして次の春には結婚への運びとなった。順風満帆とはこの事だと思った。
ところが、その年の初夏を迎えたある日、信が仕事から帰宅した夕方のこと。
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