在りし日々と炎の記憶 ‐Ricordi di vecchi tempi e fiamme‐

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  「可哀想だと思うなら、お前が終わらせてやれ」  兄の言葉は非情な響きにも思えた。だが、すぐにそれが自分の為に発せられたものだと知る。 「でも……」  幼いダリアは、まだ自身の力で生物の死生を操る(すべ)を知らなかった。今の彼に唯一出来たのは、対象の血を摂り命を刈り取ることだけ。  傷ついた兎のことを可哀想と言うだけならば簡単だ。しかし本当にそう思うのなら、それに見合った行動をしなければならない。 「うさぎさん、ごめんなさい……」  覚悟を決めて瞼をぎゅっと閉じ、今にも息絶えそうな兎の首にその小さな牙を突き立てる。流れ込んでくる血液にごくり喉を鳴らすと、ゆっくり命が失われてゆく感覚が伝わってきた。  申し訳なさと同時に、ヴァンパイアとしての本能がそれを凌駕し、無意識下にあふれ出る血を貪る。 「もういい。もう終わった」  それを止めたのは、兄の発した一言と肩に置かれた右手だった。  はたと我に返り、静かに兎から口を離す。既に息絶えたその存在に、とうとうダリアはべそをかいてしまう。 「よしよし、よく頑張ったな」  (つい)を迎え、脱け殻となった兎を膝に抱えたまま頬を紅潮させて咽ぶダリアの頭を、兄のダイアンシスがそっと包み込む。  涙も乾いた頃、2人は森の片隅に兎の骸を埋葬する。兄は弟の成長を確認し、弟はこの日の出来事を胸に刻み家へと戻った。  
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