在りし日々と炎の記憶 ‐Ricordi di vecchi tempi e fiamme‐

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   屋敷の中に入り長い廊下を歩いていると、突き当たりの曲がり角から母親が姿を現す。そしてすぐさま鉢合わせとなった兄弟に笑顔を向けた。 「2人共、お帰りなさい。――あらっ?」  兄と同じさらりとした銀髪の母は、そう言った後で何かに気づき、青空のような目を丸くする。その視線は確とこちらに向いていた。 「ダリア、お口に毛がついてるわよ」  身を屈め、ゆるりと伸ばされた右手の親指が、ダリアの口元を拭う。少量の血液と共に指に着いたその毛をまじまじと見つめ、やがて仕方なく微笑み口を開く。 「兎さんの毛ね。摘まみ食いしたの?」  その口調は咎めるというよりも、その経緯を確かめているようだった。幼いダリアも感覚的にそれを察知し、だがすぐに答えることが出来ず少し口篭ってみせた後、訥々(とつとつ)と言葉を紡ぐ。 「……可哀想だったのだ」  俯いたダリアは先刻のことを思い出し、再び紫色の瞳が潤む。それに気づいたダイアンシスが、代わりに事の顛末を説明する。 「そう。ダリアは優しいから」  全ての経緯(いきさつ)を聞き、母は納得したように「偉かったわね」と微笑(わら)い優しく頭を撫でてくれた。この日以降、ダリアは“いつか傷つけずに救えるようになりたい”と思い始めたのだ。  それから幾つかの年を重ねたある日、家に1人の来客が訪れる。歳は兄と同じくらいの、褐色の髪をした美しい女性だ。  
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