在りし日々と炎の記憶 ‐Ricordi di vecchi tempi e fiamme‐

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   母に手を引かれながら、眉をハの字にして訊ねる。いつもならば、何かある度にすぐさま駆けつけてくれる兄の姿がないことに、ダリアは一抹の不安を覚えたのだ。  しかし、両親共に何も答えてはくれず、ただ黙々と何処かに向かって歩を進める。やがて1階の片隅にある部屋へと辿り着き、そこでようやく母が口を開く。 「今すぐ此処から逃げて」  父が部屋の隅の石畳を捲り、非常用の隠し通路を確認する中で、母は目立たないようにとグレーのフードを着せそう宣う。そして頬に触れ、ふわりと微笑みながら言葉を続ける。 「ダリア、人間を愛しなさい。きっといつか貴方の助けになるはず」  だが幼いダリアには母の言葉の真意が理解出来ず、今此処で起こっている異様な事態と兄の姿が窺えないことに不安を募らせ、上目遣いで問う。 「ダイアンシスはどこなのだ……?」  すると母は一瞬固まり、答え難いのか半目していたが、やがて取り繕うような笑みでこう返す。 「ダイアンシスは、今は遠くに行っててすぐに戻って来られないの。でも大丈夫、きっと戻って来るわ。だってこんなに可愛い弟がいるんだもの」  兄は今すぐに戻って来られない――そのことだけを理解したダリアは、しょんぼりと俯き瞳を潤ませる。そんな彼の頭を優しく撫で、思い出したように懐から何かを取り出す。 「これは貴方が本当に大切だと思った人に渡しなさい」  
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