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一見して今回の作戦と全く関係がなさそうではあるが、アイリスがそれを用意したのにはそれなりの理由がある。
「いざって時の為よ」
貴方の為だといわんばかりに視線をダリアに向け、口角をつり上げてみせた。ところがダリアはその返答が何を意味しているのか理解に及ばず、頭上にクエスチョンマークを浮かべ首を傾げるばかり。
「さて、粗方準備も出来たし、ご飯を食べたら出発よ。腹が減ってはなんとやら――ってね」
いつもよりも静かな食卓に食器の音が響く。互いに欠けた空気を誤魔化そうと食事を口に運ぶ中で、ふと何かを見つけたダリアの手が止まる。
「む、人参か……」
彼の視線の先には、添え物として皿に盛られた人参のグラッセが映っていた。アイリスの脳裏に過ったのは、初めて此処へ来た時に交わされた、ダリアとヴェロニカの人参を巡ったやり取り。
また好き嫌いが発動するかとも思えたが、意外にもフォークでその内のひとつを刺し口に運ぶ。神妙な面持ちで咀嚼を繰り返し、やがて少し間を置き開口する。
「人参とは、こうも美味いものだったのだな」
「そうでしょ」
ぽつりと溢した彼もまた、自分と同じことが過っていたのだろう。人参のグラッセを前に静かに懐かしむように、そして少し寂しげに微笑った。
彼へと向けた視線が合うことで共に微笑みを交わし、静かな夕食の時間は過ぎてゆく。
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