0人が本棚に入れています
本棚に追加
「また、女子高生ですか」
わたしは捜査資料をめくりながら、嘆息を漏らした。
「嫌な世の中になったもんだね、本当に」
隣では、別の事件の捜査資料を先輩が眺めていた。
「……うわあ、これ読んだ?」
先輩から渡された捜査資料を見て、わたしは「うへぇ」と変な声を漏らしてしまった。
捜査資料には痴漢に関する事件について書かれていた。その中で被疑者の供述に「むちむちの太ももに目を奪われて、思わず触ってしまった」とあったせいだ。
「これって、中年の男性ですよね? 色んな趣味を持つ人がいるのは、ここにいると嫌でもわかってしまいますが、これはまた、なかなかですね」
「本当にそうだよね。俺、ちょっと引いちゃったもんね」
わかります、と首肯する。
「それで、今日はこの案件の捜査ですか?」
「いや、別件。といっても、防犯カメラに犯人が映ってるから、裏取りを進めていく感じになると思う」
先輩から捜査資料を受け取る。そして、眉根を寄せた。
「また、女子高生ですか?」
「残念ながら、そうだね」
ここのところ女子高生絡みの事件が本当に多い。巷で何か起こっているのだろうか、と不安になってくる。
先輩も似たようなことを思っているのか、苦笑していた。
「そろそろ捜査に出ようか。課長にどやされるのも面倒だしね」
「課長がお昼から戻ってくる前に出ちゃいましょう」
わたしと先輩は捜査資料を整え机に置いた。わたしはそれを眺めながら、また嘆息を漏らした。
中年の男性の太ももばかりを狙った痴漢行為の犯人が、まさか女子高生とは。
わたしは女子高生は被害に遭う側だと思っていた。だが、今は違う。それはわたしが作り上げたイメージでしかないことを知っている。
誰もが被害者になるし、誰もが加害者になる。
女子高生だから、とか、中年男性だから、とか、そんな属性はまるで関係がない。
女子高生が別の女子高生の痴漢に及び、それを関係ない第三者に罪をなすりつけた事例すらある。
わたしは頭を揉んだ。これで脳みそが柔らかくなるわけではないが、意識をすることはできる。
イメージというやつは、思考を停止させる。現実にイメージを合わせることで、脳みそは省エネしようとするからだ。
でも、それは間違いだ。
イメージはあくまでもイメージでしかない。わたしたちが見るべきは現実だ。今、目の前で起こっている事実を凝視しなければならない。現実にイメージを合わせてはいけない。イメージは捨て去らなければならない。どんなに脳みそのエネルギーを使ったとしても。
さもなくば、大事なことを見落とすことになる。そして、その見落としは、いつか鋭利な刃となって、自分へと返ってくる。
わたしは包帯が巻かれた自分の腕に視線を落とした。
それをわたしはこの身を持って知っている。
「どうした?」
「いいえ、何でもありません。行きましょう!」
わたしは上着を羽織りながら、先輩と共に捜査へと出立した。
~FIN~
最初のコメントを投稿しよう!