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月の雫
『一生忘れないよ』
嬉しそうに君が微笑むものだから、喜ばせようとしたぼくの方がなんだか嬉しくなった。
月に照らされた頬をさくら色に染めて、宇宙を見上げる君には、この時間も全て無かったかのように、夜に呑み込まれると分かっているのだろうか。
想いに想いを重ねることができるのだから、
ぼくは人間って素敵だねと思うのだけれど、
それは捉え方次第で、
憎しみに憎しみを重ねることもできるから、
人は醜いなとも思う。
一生忘れないよ……に、厳しい顔を重ねられていたらきっと、悲しくなってしまったんだろうな。
『風が止んだね。ほら見て、海に映るお月さまがあんなに綺麗』
揺れる髪を押さえていた手を離し、指さすその先には、中秋の名月が水面にゆらゆらと浮かんでいた。
『掬えたら、いいのにね……』
真っ直ぐ伸ばした君の手が、虚しく喘ぐ。
「一緒にやってみようか」
『ごめんね』
精いっぱい差し出した君の手のひらに、ぼくの掌をそっと添える。
掬える筈もない揺蕩う月が、やけに遠くに感じた。
『ごめんなさいね……』
繰り返し君が言う。
『なかったことにしては、いけないから』
押さえきれない感情が、大粒の涙となって君の頬を伝った。
悪いのはぼくの方なのに……。
「ありがとう」
辛うじてぼくはこぼれ落ちてしまう前に、
指先で掬うことができた。
その雫は、
桜の花弁のように儚く、可憐だった。
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