夕闇に 朝を想うや 日々草

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夕闇に 朝を想うや 日々草

「ウロ、クソガキ……俺が何つったか覚えてねェ訳無いよなあ?あぁ?」 「改さん……!?」  何だ、何だ。今の僕達は事件に首を突っ込んでもいないし、黒紙を話題にも出していない。  だと言うのに僕達を見た瞬間に怒りが臨界点に達したらしい彼の様子に疑問符を浮かべていると、びくり、と傍らのウロが戦慄いた。 「ち、違うの! 」  これは、私が。彼女が言い切る前に、改さんの手がウロへと伸びる。 「ウロ!!俺はコイツと金輪際もう会うなって言ったよな!?舐め腐りやがってこのガキが! 」 「きゃ……! 」 「え? ……え!? 」  もう会うな?  僕が言付かったものと違う言葉に混乱したのも、束の間。 「!? 」  ウロを引っ掴んだまま僕のポストへと手を伸ばした改さんに、僕は大きく声を上げた。 「改さん、何してるんですか!? 」  彼が、僕から取り上げた黒紙をウロの口へと無理矢理ねじ込み始めたのだ。えづく様な挙動を見せたウロに驚き間に入ろうとした僕に、改さんの声が飛ぶ。 「黙れ!!テメェもだ『麗海』!俺からの伝言やっぱりお耳に無しじゃねえか、おい!! 」  伝言……って、事件にみだりに関わるなって言う、あれ?  改さんの言葉に再度疑問符が浮かんだことを見逃さなかったらしい彼が、ギロリとウロを睨み付けた。 「どう言う事だ?ウロ。テメェこいつにどう伝えやがった!?……まあいい。帰っとけ!この悪霊が!! 」 「いや!嫌あ!やめて、お願い……! 」 「ウロ!! 」  手を伸ばして、瞬間。消えた彼女の姿に、一瞬だけ触れられた、気がした。 夕闇に 朝を想うや 日々草 「……」  場からウロが消えて、少し。静まり返ったアパートの前。重苦しい沈黙を破って、改さんが口を開く。 「おう、ガキ。あの悪霊に何て入れ知恵されてたんだ」 「入れ知恵ってそんな言い方……!! 」 「五月蝿え、そう言うのはいいんだよ。早く答えろ」  言う彼に、先程までの激昂は見られない。しかし感じる重圧に、僕は仕方無しに答えを返した。 「……事件に関わらないようにと言われてました。馬鹿やったわけでもない一般人を巻き込むなって改さんに絞られたって」 「……」  僕のそれに、改さんが黙り込む。 「改さん? 」 「お前には接触禁止を伝えてなかった訳か。……危ねえ所だったな」 「? 」  危ない?何が?僕の言外の問いに、がしがしと頭を掻いた改さんが説明を始めた。  想定外の、事実を伴って。 「 ……お前、あいつがどうして黒紙を回収してると思う」 「ウロ、が? 」 「規格外の悪霊だからだよ」 「! 」 「規格外の……悪霊? 」  予想だにしなかった言葉に、鸚鵡返しに言葉が溢れる。それを認めた改さんが、ゆっくりと深く頷いた。 「ああ、そうだ。執着されちゃあおしまいレベルのな」 「……それで、危なかったと? 」 「そういうこった」  悪霊。先程からウロに向けられていた言葉ではあるが、まさか嫌味ではなく事実としてのそれだったとは。放心する僕に、尚も改さんの言葉が降る。 「あいつは普通な死に方をしてないんだよ。それで魂にこびり付いた尋常じゃねえ恨みと祟りを、黒紙ぶつけて相殺してる。黒紙集めは、言うなればあいつを祓う儀式なんだよ」  祓う?ウロを?  想い人についての聞き捨てならない言葉に、僕は思わず声を上げた。 「でもウロは、人に酷いことをするような人間じゃ……! 」 「見た目にはな。あいつの本性を知ればそうも言ってられねえぞ」  本性。本性といえば、思い当たるものがひとつだけあった。 「それって……蟲、ですか」 「!? 」  そこまで知ってんのか。改さんの声が彼より背の低い僕の頭に落ちる。  どうやら彼の思う以上にウロと親交を深めていたらしい事に、僕の口は場違いな苦笑を吐いた。  改さんの話をまとめると、こうだ。  まずウロは恨みの権化と言っても過言では無い状態で死に、怨霊として誰彼構わず祟る一歩手前だった(その名残が蟲らしい)。  そんな状態の悪霊を引き取って黒紙を回収しつつ祓う霊能者血筋の人間が全国にいて、ウロを「たまたま」請け負ったのが改さん。  次に、ウロには生前の記憶はないが、魂の特性上素人が長く時間を共にすると危ないかも知れない。  そして、最後。ウロに小鳥遊さんの件を一任したのは、裏海の人間と一緒だと言っていたから。だが、蓋を開けてみれば同音の別家系で、ズブの素人の僕だった。  以上の事から、もう僕をウロと関わらせたくない。関わろうとするなら、ウロを閉じ込め縛り付けて黒紙を押し付ける強硬手段を取るしかない。 「ってぇ事だ。お前にはとんだ迷惑だったろうが……全部忘れるこったな」 「……」  改さんの弁を聞いて、少し。僕の脳裏に過ぎっていたのは、怨霊とは似ても似つかない普通の女の子然としたウロの姿ばかりだった。  確かに、最初は怨霊スマイルだのなんだの言っていた覚えがある。でも。僕の記憶に深く残っているのは、デザートや雑貨に瞳を輝かせ、恋愛小説に思いを馳せる姿。そして、改さんの身体を心配するような姿。  だからこそ。改さんのまるで災厄扱いの冷たい言葉の数々に僕が覚えたのは、悲しみだった。  ウロは、意識が芽生えてから今までずっとそんな扱いを受けて過ごしていたのだ。好きなものもやりたいことも理解されず、一人ぼっちで。  思う僕の気持ちは、改さんが本気ならもうウロには届かない。でも。 「改さん。最後に、ひとつだけ」 「あ? 」  これだけは、改さんに伝えておきたかった。 「彼女は貴方が言うような悍ましい悪霊なんかじゃない。甘いものと恋愛小説が大好きで、貴方を心配してる……普通の……女の子です! 」   「普通の、女の子?……そうか。そう、か……」 「? 」  僕の決死の意見を聞いた改さんの口から、思わずと言った様子で言葉が溢れる。  何故か泣きそうに顔を歪めた改さんに、僕はそれ以上何も言い募れなかった。 『――届かない。それでも、一緒にいたい。他の何を投げ出してでも、触れてみたい。でも、それは叶わぬ夢だと知った。知って、しまった』  ウロとの、突然の別れ。彼女が改さんに読んでもらえるように、と改さんとの別れ際何とか押し付けた孤独のレイシの一節をぐるぐると反芻しながら、玄関ドアに凭れ掛かる。 「これから、どうしたらいいんだよ……」  自棄半分にぼやいた言葉に、いつもの応えは無い。 「なあ、ウロ……! 」  僕の悲鳴にも似たそれは、誰に聞かれることもなく夕闇に消えた。  時間は過ぎて、朝。  ウロの突撃のない物足りなさを欠伸でごまかしつつ、らしくなく外に出る。  アパートを出て、校門を見送るいつもの道。そこにここ数日あっただけの喧騒が、恋しい。  そんな感傷に浸りつつ、歩を進めたその先で。ひとつ、スコンと恨みがポストに入り込んだ。
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