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 目に鮮やかな青葉が奏でる音は、街を流れる薫風と同じ、爽快なメロディー。 「みんな、いよいよ運動会の本番だよ。優勝めざして、がんばろうねっ」  五月下旬。変声期には程遠い、透き通った高い声が晴れ渡った空の下に響いた。  声の主は、秋田正親(あきたまさちか)。今から最初の競技に臨むため、クラスメート全員で気合いの声を合わせた四年一組の学級委員だ。 「おーい、チカ。応援に来たぞ」 「いっちゃん! わあぁ、来てくれたの? うれしいっ」 「あ? 朝イチから行くっつってただろ。聞いてなかったのか?」  「そうだけど、そうだけど! ちゃんと聞いてたけど! でもでも、おねぼうさんのいっちゃんがほんとに朝から来てくれるか、ちょっとだけ心配してたの。だから今、チカ、すっごくうれしいっ」 「お前の運動会に寝坊なんてするわけないんだがな。まぁ、いい。ところで、気合い注入のための、ほっぺすりすりは必要か?」 「うん、いるいる! ほっぺすりすり、やってーっ。いっちゃんのすりすりをもらえたら、チカ、すっごくがんばれそうだもん」  人柄の良さと求心力で誰からも好かれて、頼れるリーダーとしてクラスを率いているチカだが。大好きな幼馴染、宮城壱琉(いちる)に抱っこされた途端に、同級生たちには決して見せない甘えん坊のキラキラ笑顔を放ち始めた。  壱琉の首に手を回し、ルネサンス期の名匠が手がけた彫像のごとき美貌に自ら頬を擦りつける。  チカは純粋に『大好きないっちゃんに、ぎゅーっ』してるだけだが。華奢な肢体をその手の中に得た男の脳内は、邪な葛藤で忙しい。
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