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たちまち司祭が真っ青な顔になる。そりゃそうだ。第一王子といえば、この国で王様の次に偉い人だろう。それを一介の小娘が叩いたんだ。牢屋送り、悪ければ処刑、かもしれない。
でも、あたしは別に怖くなかった。異世界転生したなら、元の世界では死んだも同然だろう。失うものは何も無い。失礼な奴は、王子だろうと誰だろうと関係無い。
ぐっと唇を噛み締めて見上げれば、黒い瞳がまじまじとあたしを見下ろして。
「おもしれえ奴」
にい、と。厚い唇の両端が、肉食獣みたいに獰猛に持ち上げられた。
「お前、気に入った」
丁度あたしの頭が、相手にとって適度な高さにあったようだ。ぽん、と手が乗せられ、ぐしゃぐしゃと髪を撫で回される。意外とごつごつした指だ。ちゃんと手を使った仕事をしている人の、手。
「こうなったら、共犯といこうじゃねえか。俺は真面目に魔王退治をしてやる。お前は聖女として俺について来い。れっきとした勇者と聖女を演じきって、ついでに魔王もぶっ倒してやろうじゃねえか」
ふわっ、と。
心が軽くなるかんじだった。
この世界で、あたしを必要としてくれる人がいる。かなり失礼だけど。どうせ帰る場所も無いんだから、共犯に乗ってみてもいいか。
そう決意すれば、あたしもさすがは元々演劇部。演技は自然と生まれた。柔らかい笑みを浮かべて、無いロングスカートの裾をつまみ上げる仕草をし、淑女っぽい礼をしてみせる。
「アラン様。わたくしは、聖女として貴方をいかなる時も支える事を、誓いましょう」
アラン王子はあたしの変わり身に、一瞬面食らった顔をしたが、すぐに胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「聖女殿。俺は貴女の剣となり盾となりて、貴女に害なす者を排除し、魔王を倒してみせましょう」
おお、あんたも演技できるじゃん。ただの道楽王子じゃないんだな。
にっこりと笑ってみせれば、アラン王子も顔を上げ、あくどい笑みを返してくる。
「契約成立だ。口外するんじゃねえぞ。したら……わかってるな?」
あたしたちのやりとりを、ぽかんと口を開けて見ていた司祭は、急に素に戻ったアラン王子に脅されて、振り子人形のように何度も首を縦に振るばかりだった。
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