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かくして、身代わり聖女と奔放王子の旅は始まった。
魔王の城を目指して、北へ。魔物に荒らされて困っている村を見つければ、アランは剣を抜いて果敢に戦い、魔物を蹴散らした。
「王子殿下自ら戦ってくださるとは……!」
「貴方がたは、将来俺が治めるべき大切な民だ。その生命と平穏を守るのは、当然の事です」
感謝する村人達に、王子は笑顔で語ってみせる。顔がいいのも相まって、ちゃんと喋れば本当に誠実な勇者みたいに見える。
もちろんあたしも、自分の役割を忘れてはいない。白いローブを翻し、しゃらんと銀の錫杖を鳴らし、村人達に微笑みかけて。
「皆様の平穏無事を、わたくしがニルザーン神に祈りましょう。どうかご加護がありますように」
旅立つ前に司祭から仕込まれた口上を、たおやかに述べれば、「聖女様」「お二人とも、なんとお優しい!」と、村人達は更に湧き上がった。
だけど。
「どいつもこいつも人頼りでよ」
感謝の印にと催された宴に参加して、その日の宿となった部屋で二人きりになれば、アランは疲れ切った顔で、あたしの膝にごろんと寝転び、酒臭い溜息をつくのだった。
「でも、あいつらも俺の民だ。民を守るのは、王族の役目だ。それは忘れてねえ」
あたしはもう知っている。彼は勉強や王座が嫌で奔放に振る舞っていたわけじゃない。街へ出て、下々の声を直接聞くことで、皆が何を望んでいるのかを知ろうとしていた。女と遊んでいるというのも、女性が何に困っているかを把握して、将来の法改正に繋げるためだった。本当に全く手を出してないかは怪しいけど、地球のヴィクトリア朝時代くらいの価値観であるこの世界には、革新的だ。
「カイリ」
アランの低い声が、心地よくあたしの名前を呼ぶ。
「お前、海は好きか?」
「え、うん、まあ。人並には」
突然何を訊くのかと、戸惑いながら答えれば、アランは天井を見上げながら、「じゃあ」と呟くように言った。
「魔王を倒したら、聖女様の隠居先に、海沿いの町を探してやる。そこで聖女なんて役目も放り出して、ゆっくり暮らせよ」
つきん、と。小さな針があたしの胸を刺すかのようだった。
そう、アランとの契約は、魔王を倒す旅の間だけ。あたしは元の世界ではただの高校生。こっちでは、何の後ろ盾も無い身代わり。役目が終われば、国にとっても面倒な存在だ。身を隠すのが皆のため。
あたしは絶対にアランとは一緒にいられない。いずれ彼に相応しい女性が隣に並ぶ。わかっていても、その事実に、切ない気持ちになる。
この感情が何なのか。理解できないほど、あたしもガキじゃあない。
でも、今だけは、彼の膝枕の役目は、あたしだけのものであって欲しい。一日でも、一秒でも長く、この時が続いて欲しい。
そんなことを、いるかどうかもわからないニルザーン神に願うようになっていた。
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