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謙虚な勇者としとやかな聖女を演じる旅の終わりが、近づいていた。
魔王の本拠地である北果ての山が、あたしたちを出迎える。魔族の総攻撃を覚悟しながら山奥の宮殿へ入ったあたしたちは、しかし、拍子抜けする羽目になった。
魔物たちの熱烈な歓迎は無かった。しん、と静まり返った暗い廊下が一直線に伸びている。
その先に立って待ち受けるのは、人とあまり変わらない姿を持つ女性。翼と尻尾を生やした彼女は、あたしたちの姿をみとめると、至極丁寧な所作でお辞儀をした。
「勇者殿、聖女殿。よくおいでくださいました。我が主がお待ちです」
「そう言って油断させて、首を掻っ切る算段か?」
アランが警戒心をあらわにして剣の柄に手をやるが、あたしは「待って」と彼の腕をつかんで留めた。
目の前の女性からは、殺気は感じられない。身代わり聖女の凡人の勘だけど、彼女は嘘をついていない。そう思える。
「とりあえず、ついていってみようよ」
あたしが自信を持って言い張ったのが、予想外だったらしい。アランは目をみはって。
「……お前がそう言うなら」
と、戦闘態勢を収めてくれた。
女性の後へついて、宮殿の奥へ。そこに広がった光景に、アランは圧倒されて、あたしは懐かしさすら感じて、立ち尽くしてしまった。
さながら、地球の一人暮らし六畳間。パソコンらしき機材があって、配線が床を這い、いくつかのモニターに繋がれている。
「魔王様。勇者殿たちをお連れしました」
女性が呼びかけると、モニターのひとつの前でかがみ込んでごそごそ作業をしていた影が、ぱっと顔を上げ、振り返った。更なる既視感に、あたしはこれは現実かとぱちくり瞬きしてしまう。
その人物は、魔王なんて肩書きに相応しくない、細身の男子だった。あたしと同い年くらいかもしれない。黒髪黒目にリムレスの眼鏡。白いシャツにジーパン。平成の日本のオタクっぽい出立ちだ。
「ああ、やっと来てくれたか!」
魔王(ということにしよう)は嬉しそうに両手を広げ、意外と人懐っこい、満面の笑みを浮かべた。あたしはともかく、機械なんて知らないアランは、完全に置いてけぼりを喰らって、ぽかんと立ち尽くしている。
あっ。ははーん、わかったぞ。
あたしは腕組みし、聖女の演技なんて忘れて、魔王にほくそ笑む。
「あんたも、魔王を『演じて』いたわけね?」
「やっぱり、君もかい」
魔王はぐっとサムズアップしてうなずく。あたしもサムズアップを返す。
彼も異世界転生者だったというわけだ。
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