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「いやー、まいったよ。文化祭に向けて瞬間転移装置プログラムを組んでいたら、突然部屋ごとこの宮殿に召喚されて、『急死した魔王様の代わりになってくれ!』って、魔族に詰め寄られて」
お。こいつも、自分の身に起きた事をある程度開き直って理解したクチか。あたしがうんうんうなずいて、アランが相変わらず呆気に取られている間に、身代わり魔王はパソコンを指し示す。
「でも僕はプログラミングしか能が無いし、世界侵略なんてしたくない。そんな時に、この瞬間転移プログラムが、大いに役に立ってくれたんだ」
プログラムはこちらの世界で、魔族による術式を仕込むことで完成した。そして魔王は、『異世界も支配下に置くため』と称して、魔族幹部を一方通行で少しずつ異世界へ飛ばして、帰れないようにしたのだという。さすがに、世界中に散った野良の魔物たちは処理しきれなかったが。
「あとは、僕と彼女が地球へ帰れば、魔族はこの世界からいなくなる。それを見届けた勇者くん、君は魔王を倒した英雄として凱旋できる。僕たちはのんびり暮らせる。win-winの関係だよ」
「ウィーンウィーン」
聞き慣れない言葉に、アランの脳はもう、考えることを放棄したんだろう。ただおうむ返しにするばかり。
それも承知の上なんだろう。魔王は「ところで」と、あたしに向き直った。
「僕と同類と思しき聖女くん。君も一緒に地球に帰ることができるけど、どうする?」
その言葉に、この世界に来てからあたしの心の奥に封じていた記憶が、蓋を開けたら湯気がぶわっと噴き上がるかのように、蘇った。
『あんたなんかと結婚した私が馬鹿だった! 子供も要らなかった!』
親父の不倫を知って怒鳴り散らし、実家に帰った母。
これ幸いと、堂々と不倫相手を家に連れ込んだ親父。
『ねーえ、どうせならあのガキも追い出しちゃいなよお。このおうちで、「三人」で暮らそお?』
大きくなった腹を揺らしながら、ソファで隣同士に座った親父にしなだれかかる、あたしと大して歳の変わらない女。
『バカとは付き合うなって、ママ……母が』
受験勉強もおろそかになって、同じ本命大学に落ちた途端、マザコン丸出しにして去っていった彼氏。
「あたし、は」
うつむいて、拳を握り締める。
あたしの居場所なんて、向こうには無い。
この旅が終われば、この世界にも、必要とされていない。
誰からも見捨てられたあたしは、海辺の町で、ひっそりと消えるしか無いんだ。
ぽたぽたぽた、っと。床の配線に水分が落ちる。自分の涙だと気づいたのは、頬が濡れていることを自覚したからだ。
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