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由夏が働き出して一週間が経ったが、彼女は真面目で僕より働き者だった。というより物覚えが圧倒的に良かった。
電話番から店の掃除、かかってくる他業者からの物件確認にも毅然と対応している。
要は売り出している物件が申し込みが入っているかどうかの確認を他業者から問い合わせがある事なのだが、うちの場合はそれほど物件の数がある訳ではないし、動きがある事はそうそうない。
それでも素人の由夏からしたら最初は戸惑いがあったようだが、一週間もすれば仕事の一通り覚えたようだった。
うちの会社の仕事量なんてそんなものだろう。
由夏が来て初めての定休日である水曜日を迎えた時、互いに暇を持て余していたので街中を歩きを回った。
行きつけの商店街通りを歩いていると、理容店の親父から『星哉にもついに彼女が出来たか?』とイジられる始末。
こういう時の親父ギャグは非常に迷惑だ。気のせいか、満更でもない表情をしていた由夏に僕も照れた。
そういう感覚、意識で由夏を見ていた事は全くないとは言い切れないが、変に誤解を由夏に与えたくなかったのでその後は平然と並んで歩いた。
小野川を走る観光舟に乗って川沿いに伸びる柳のせせらぎと心地良い風を受けて街を案内したり、喫茶店に入って芋ぺチーノと呼ばれる最近人気になっているシェイクのような飲み物に興味を持った由夏に奢ってあげると由夏は美味しそうに飲んで喜んだ。
日が上り、外はまだ明るかったが互いに歩き疲れたので自宅に戻ろうと話になった。
行きに通った商店街通りを歩いていると、前方に人集りと救急車が一台停まっていた。
「……何かあったのかな?」
不安そうに呟く由夏と一緒に人集り目掛けて歩いていく。
周囲の喧騒音が強まるところまで近づくと、僕が行きつけの惣菜店の前で救急隊員が出入りしていた。
一気に胸の騒めきが強くなった。取巻きの中で知った顔の八百屋のお叔父さんがいたので話を聞いた。
どうやら店主のお爺ちゃんが倒れたらしい。
「あのお爺ちゃんも歳だったからね。前から入退院を繰り返していたから」と話す八百屋さんはどこか達観したような様子で寂しさや不安さは表情から読み取れなかった。僕としては名物のメンチカツが食べられなくなる不安が残る。
「星哉くんは知っている人なの?」と由夏が恐る恐る尋ねてきたので「小さい頃から知っているお爺ちゃんかな。よく小学校の帰りにおやつってメンチカツをくれたんだ」と思い出しながら答えた。
すると店の入口から隊員達が担架にお爺ちゃんらしき人物を乗せて救急車に乗せると、サイレンを鳴らしながら救急車は走っていった。
それを見届けると取り巻き達は三々午後に散っていった。
「ねぇ、星哉くん?」と帰りの道中に由夏が「おかえりなさいって何?」と不思議そうに尋ねてきた。
一瞬、言葉の意味を測り兼ねた。最初は由夏が惚けたのかと疑うほどに。
だから僕は「それは、家に帰ってきた家族に対してーーー」と惚けて返すと「多分、それじゃなくてーーー」と必死に由夏が否定して「さっき、集まっていた人達の中で女の子が泣いていたの。多分、身内の人だと思うんだけどお母さんがその女の子に『大丈夫。来月はおかえりなさいがあるから会えるよ』って」
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