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「悪いですが、先を急いでいるので失礼します」と男に告げると由夏の腕を引っ張って踵を返そうとした。  すると男は「ごめん、ごめん。悪ふざけが過ぎた」と頭を下げてきた。  由夏と互いに顔を見合わせる。男の出方を探るように様子を伺っていると、頭を上げた男は胸ポケットから何かを取り出すと、名刺を差し出してきた。 「……記者ですか?」  名刺には須田圭吾と書かれていた。僕ですら聞いた事がある有名な大手出版会社の記者のようだった。名刺を由夏に渡す。由夏も目を大きくして驚いていた。 「それで、記者の方が何の用ですか?」  相手が記者なのであれば余計に気を緩める事が出来ない。突破口はどこにある。 「そんな意地悪しないでくれないか? 君が彼女にさっき話していた、お帰りな祭の件だよ」 「あんなもの、冗談に決まっていますよ」と由夏を見ながら笑いふざけて答えてやった。面倒事に巻き込まれたくない。由夏が見上げながら不思議そうに僕を見つめてきたが、後で弁明すればいいだけの事。 「この街の人間はみんな似たり寄ったりの事を言うんだな。誰一人、真面に答えてくれなくて困っているんだ」    先程までの調子の良い言葉遣いとは違い、妙に感情がこもった口調だった。 「……どうしてそこまで知りたいんですか?」と由夏が問いかけた。  僕が嗜めると「訳も聞かず返すのはいけないでしょ? 聞くだけ聞こうよ」とまさかの正論。    肩を落とし俯いていた顔が上がると、苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。何かを察したように口元を動かし始めた。 「……ある家族が行方不明なんだ」   それは半年前に千葉県内で起きた事。夫と妻、そして六歳になる娘と三人で海水浴に行ったらしい。  砂浜で夫が目を離した隙に妻と娘がいなくなった。辺りを探し続けたが見つからず、警察に届出を出したが、依然見つかっていない。 「その家族とは付き合いがあってね。すっかり、夫は肩を落として塞ぎ込むようになっていった。仕事も辞めて日々の生活もままならない。酒に溺れる日々を送っている。そんな彼を見ているのが辛くてね、どうにか助けてあげたいんだ」    切実な想いに触れたような気がしたが、妙に話を聞いていて腑に落ちない。 「それで、祭りの話を記者であるあなたは記事にして、どうしようって考えなんですか?」 「いや、記事にするつもりはないんだ。ただ俺は個人的にその友人の為にーーー」 「要はあなたが言いたいのは、その奥さんと娘さんが生きているか、死んでいるかはっきりさせたい訳ですよね?」  鋭い視線が僕の胸元に突き刺さる。 「生きていれば蘇る事はない。でも死んでいたらーーー」 「なぁ? やっぱり、お前知っているんだろう?」  突然大声で近づいて来たので、退いた。一定の距離を保っているとそれに気付いたように足を止めた。
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