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私は多くを望まない性格だと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
慎ましい日々を過ごす中で欲が出てきて、この日々が永遠に続けばと思ってしまう。
理想と現実の狭間で苦しい時間が訪れると、そんな事を思う日々だった。
私なんて、所詮はそんな人間。
心のどこかで薄々感じてはいたけれど、眼前にいつか思い描いた願望が手の届く距離まで近づけば欲望が露わになる。
商店街通りに提灯や垂れ幕など飾り付けがされ始めた。
街並みは一層厳かになり雰囲気が一層増す。来週に控えたお帰りな祭に向けて街中が活気づいてきた。
街中がそんな状況にも関わらず、ここだけは変わっていなかった。
星哉くんは相変わらず、のんびりデスクに座ってパソコンと睨めっこしてサボっているし、春菜さんは淡々と事務処理をこなしている。
私は雑務を一通り終わって、手持ち無沙汰の状態。良い加減、星哉くんに対するきっかけが何か欲しい状況だった。
にも関わらず、何も掴めないまま時間だけが過ぎている。
いつまでここにいられるか、わからない中で悪戦苦闘が続いていた。
「昨日はどうも」
突然姿を見せたのは、須田さんだった。
「どうして、ここが?」と星哉くんがデスクから立ち上がり尋ねると「小さな街だしな。それに記者を舐めるなよ」と挑戦的に答えた。
私はあまりこの人を好きじゃない。最初からそうだった。
不遜な態度に相変わらず汚らわしい格好。髭も伸びきって清潔感がない。
「それで、何の用ですか?」と星哉くんのやや圧をかけた問いに対して須田さんは「家を借りたいんだ。小さくていい。そうだな、家賃は五万以下。期間は一ヶ月でいい」と当然のように答えた。
「……目的は何ですか?」
私も思わず尋ねてしまった。こんなに執着して粘着質な態度を見せつけられると、嫌気が差してくる。
「お嬢ちゃん、昨日言っただろう? お帰りな祭について教えて欲しいって。誰も教えてくれないからさ、車中泊で疲れたんだ。ホテルや旅館は空きがないし、それで短期で貸してくれる所がないかってきた訳。だから俺は客なんだよ?」
「あなたの事は街中で噂になっていますよ。小さな街ですから。横柄な態度を取られているようで。あまり私達を困らせないで下さい。これ以上やると警察を呼びますよ?」
あまり見た事がない星哉くんの毅然とした態度に胸が躍った。それに応えるように須田さんは「それで、賃貸はどこかあるのか?」と横柄な態度。
私が思いつく賃貸は二件あった。うち一件は私が間借りしている部屋の下。つまりこの店の向かいにある。
それを星哉くんが貸すとは思えないし、貸して欲しくない。私が何だか嫌だから。
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