□□□□

5/10
前へ
/95ページ
次へ
 辺り一体は木々に囲まれていて広場のような場所。その中心に小さな石碑のようなものが気になった。 「さて、ここまで来た理由がある訳じゃが……」  チエさんは杖を両手で持って、力強く地面に向かって刺した。  その一瞬で周囲の空気が一変して厳かな空気になった気がする。視線は須田さんを捉えていた。 「その前にお主、本当の事を話してもらわないとな……何も出来ぬぞ?」  須田さんに探りを入れているチエさん。  何の事かわからないけれど、当の須田さんは苦虫を噛み潰したような顔を私と星哉くんに向けている。 「いいか、お主。本当に心の底から望んでいる事を叶えたいのなら、プライドもクソもないんじゃよ。泣いて懇願しろ。恥をかけ。みっともない所を見せてみろ」  何かを須田さんは私達に隠しているのは、何となくこれでわかった。須田さんが呻き声を上げるとチエさんの前で膝をついた。 「わっ、私は妻と娘を生き返らせて欲しいです」 「……それで? 他には?」 「くっっ。彼等に話したのは事実と異なります。彼等に話したのは全て私の事です。私の本当の名前は須田圭吾ではありません。以前、趣味のテニスサークルで知り合った際にもらった名刺を見せて彼等を騙しました。私の名前は斉藤修二。半年前に海難事故で妻と娘が行方不明になり、家族を失って教員の仕事も辞めて、私の人生は絶望の日々です。ひとえに私の見栄でした。奇異な視線を向けられる事が怖くて、そんな怪しいお帰りな祭の話を真面に聞いた所で煙に巻かれるだけだと。記者として取材すればいけるだろう。だから、私は……」  泣きながら自白する須田さん、いや斉藤さんが惨めに見えた。  自分の奢りや自尊心を保つ為に不遜な態度をとって、大きく見せようとした。それでも家族に向ける想いは本当なのだろう。  それだけに今まで苦しんできた斉藤さんに対しては、同情すら覚える。 「要はお主は、妻と娘が生きているのかどうか、はっきりさせたいのじゃな? 生きていれば迷い人として出てこない。もし、亡くなっていれば迷い人として姿を現すと?」 「……はい。仰る通りです」  きっと斉藤さんは今まで人生を前に進めていけなかったのだろう。どこかこの人も私達と似ているのではないかと思った。  人生に答えが欲しい。自分は何の為に生まれてきたのか、散々追い求めてきた私と。  半年前、行方不明になった奥様と娘様の生死を確かめたい。確かめなければ前に進めない。痛い程、気持ちがわかった。 「あの人も僕達と同じだったんだな」  星哉くんが呟いた。星哉くんも私と同じ感想を持ったみたい。チエさんは斉藤さんの独白に満足気だった。  広場の中央にある石碑のようなものを指差して斉藤さんに読むように促した。 「……何を捨てるかで誇りが問われ、何を守るかで愛情が問われる?」 「ここにはかつての偉人達の言葉が詰まっている。この場所は地上でもっとも霊魂が集りやすい場所でな」と話し出しながら杖先を斉藤さんに向けた。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加