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世間と足並みが揃わない日々を過ごしていた。
毎日が同じ事の繰り返しに、生きがいを感じず、刺激的な日々を望む訳ではないのだが、答えのない生活に鬱屈した気分を抱えた状態の生活に嫌気が差している。
毎朝、起きれば息苦しい。溜息の連続と吐き気を催して、今日も一日始まってしまったと肩を落とす日々だった。
かといって、現状を打破する程の気力もなく、打破するきっかけとなる出来事があるのかと言われれば全くない。
良く言えば平和。
悪く言えば退屈。
自分が何をする為に生まれて生きているのか。
存在証明のようなものが見つからない。
そんな物がなくても良いじゃないかって意見もあるだろうが、答えが見つからないまま生きるには息苦しさを覚える日々だった。
そんな生活を過ごしているから、記憶もあやふやだ。
高校を卒業したのかどうか、一体、今の僕はどんな状況に置かれているのか。
自分がどんな人間かなんて忘れてしまった。
確かな事は、両親が結婚生活二十五周年記念の所謂、銀婚年に世界旅行に行っている事。
しかも一人息子の僕―――星哉を置いてだ。
もっと言えば、親父が経営しているこの香取不動産株式会社を僕に委ねて、世界旅行に行ったという大胆不敵な行動。
実に不愉快だ。
ある時、起きたら枕元に紙切れ一枚置かれていた。
『あとの事は任せた。わからない事は春菜さんに聞いて何とかしろ』
春菜さんというのは、この会社に勤めている事務員の女性。
三十代くらいの知的な銀縁眼鏡が印象的な人だ。
口数は決して多くはなく、仕事を淡々とこなしているイメージが強い。
三階建ての一階部分は店舗スペース。
二階から上が居住用スペースの我が家は、三十年以上、この地に不動産会社として店を構えている。
千葉県の北東部にある不動産会社では決して歴史は古くはないようだが、親父の親、つまり僕の叔父がこの地に店を構え、それを叔父が亡くなった為に親父が跡を継いだと母さんから聞いた。
両親が旅行に出かけてから早一ヶ月。
六月のマリッジブルーと言われる月に二ヶ月の世界旅行。
大いに結構。
ラブラブの両親には縁遠いだろうが、せいぜい別れの悲劇旅行にならないよう、無事帰ってきてほしいものだ。
起床して簡単な身支度を済まして、一階に降りると、春菜さんは自身のデスクに座りパソコンと向き合っていた。
僕が降りてきたのを察知したように振り返ると「こんにちは」と一瞥して再びパソコンと向き直った。
こんにちは……と挨拶されてもおかしくない時間帯だった。十一時を過ぎているのだから。
昨夜は屋上で趣味の天体観測を遅くまでしていた。今の時期は土星の環がはっきり見れる。
父親が買ってくれた望遠鏡から覗けば写し出される光景を見て、非現実的な体感を味わえる。
そうして時々、現実から目を背けて生きてきた。幻想的な世界に心を委ねて、息苦しい世界から逃避する事で、何とか生き延びてきた。
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